▼純朴なキスを

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 最短距離で運ぶため、立ち上がって、すぐそこのベッドルームに繋がるドアを開けた。回遊式がこんなところで役立つとは、などと考えながらベッドカバーを捲って、人を転がせるスペースを確保する。  夜中に目覚めて吐かれでもしたら厄介だから、ゴミ箱とタオルを持ってこよう。水も必要だろうか。  そう考えながら玄関に戻ると、うつ伏せで倒れていたはずのひなたが仰向けの体勢に変わっていて、そのせいで体半分が壁にぶつかっているという状態だった。  ひらりと捲れ上がっていたスカートの裾を指先で摘み、膝頭をそっと隠してやる。  全く、酷い。  酔って結婚を迫ってきたり、シャンパン数杯で酔ったその勢いでキスしてきたり、挙げ句酔い潰れて玄関で寝たり。料理がとんとダメらしいのは、包丁を持たせて一分もしないうちにわかった。多分休日は一日中パジャマで過ごせるタイプだろう。  プライベートがこんな風だったなんて、ただの部下であるだけの時なら知る由もない事だった。  仕事ではヘマばかりという事もなく一応普通にこなしていると思うのに、プライベートとなると、子供のような予想外のことばかりする。  仮にも俺は、上司なのに。    そこまで考えて、吹き出した。 「ふっ、くくっ、ははっ、あははっ」  なんて事だ。  これほど振り回され、世話を焼かされているというのに、ちっとも嫌だと思っていない俺がいる。それどころか、こんな自由なひなたが、ただの部下であった頃よりずっと可愛く見えている。  世話の焼ける子ほど可愛いとは、この事を言うのだろうか。  笑いが収まってもひなたは起き上がらない。  俺に対して安心しきっているんだろうか。それともただ、アルコールに、脳を麻痺させられているだけなんだろうか。  どっちにしろ、奥さんだし、俺が運んでやるしかないのか、と思えば、緩んだ口元はなかなか元に戻せなかった。
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