▼純朴なキスを

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 酒癖が悪いのは困ったところだが、素直すぎる反応は見ていて面白い。だからつい、からかいすぎてしまうのだが、そのせいでギクシャクするのは困る。  向こうから結婚しろなんて迫ってきたくせに、俺に対して恋愛感情を期待する様子もないひなたは、本当に、ただ結婚した事実が欲しかったのだろう。  変わった女だとは思うが、裏表がまるでないのだとわかればラクでいい。  それはいいのだが、無防備が過ぎるところは、男女の共同生活においては少々問題だ。長らく恋人もいないことが問題かもしれないが。  ひとつベッドで眠るくらいなんてことはないと、甘く見積もっていた。  だが、いくら変わった女でも、女なのだ。  寝返りを打って不意に目を覚ましたとき、目の前にあった無防備な寝顔。閉じられた瞼に、黒いまつ毛。サラリと頬を隠す艶やかな髪に、そこから覗く唇。それから、なぜか甘く漂う香り。  覚醒し切らない俺が何か間違いを起こさないとは言い切れない。上司である前に、やはり男なのだ。  男であるが故のそういう衝動を仕方ないと肯定したところで、手を出すことも肯定するわけにはいかない。相手は、部下なのだから。  早めに起床した俺は、大きく伸びをしてからリビングのカーテンをそっと端に寄せ、窓を開けた。  朝の澄んだ空気を肺に取り込めば、頭も冴えて来るはずだ。  昨日、どう考えても飲みすぎなひなたは、朝食なんて要らないくらいだろう。  そう思ったが、何か少しくらい腹に入れた方がいいか、とキッチンへ移動し冷蔵庫を覗く。  ヨーグルトがあるから、食べるようならその時に蜂蜜をかけてやればいいだろう。ビタミンが摂れるキウイもカットしておくか。  あれこれ考えながらコーヒーのための湯を沸かす。それで包丁にまな板、皿、カップとドリップのための一式を用意してキウイを手に取った。  頭痛があるようなら、ひなたにもコーヒーを淹れてやろう。少量飲めば、少しは痛みが和らぐかもしれない。吐き気がなければの話だが。  カットしたキウイを皿に盛り、ラップフィルムで覆い冷蔵庫に戻す。  コーヒーに湯を注ぎ、立ち昇ったいつもと同じ香りを吸い込んだ。  さて、ひなたはいつになったら起きるのか。  気が済むまで寝かせてやりたいと思うのだが、水分補給を怠ってはいけないから一度起こそうか。  出来上がったコーヒーを持ってソファーまで移動し、時間を確認すれば、七時五十分。  昨日の帰宅はそれほど遅かったわけでもないし、もう随分寝たんじゃないか。飲んでそのまま眠ってしまったから、脱水になってはいないだろうか。  そろそろ起こすか否か。それを決めかねていれば、ベッドルームの引き戸がゆっくりと開いた。お目覚めのようだ。
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