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昨日出勤した時のままの格好で現れたひなたは、リビングの明るさが眩しく感じるようで目を細めている。膝下のスカートの裾が少しだけ捲れ上がっているのには気づいていないんだろう。俺以外、誰も見ていないのだから構わないが。
「おはよう、喉が乾いたんじゃないか?」
「ぉはようございます」
乾き切った声が、図星だと告げている。
朝から世話の焼ける事だ。
立ち上がって、冷蔵庫から冷えたミネラルウォーターを取り出して、歩きながらキャップを開けてやった。
そのまま渡しても、上手く開けられないか派手に溢すか、そんなところだろう。
「ほら。開いてるから溢すなよ?」
「はい」
ちゃっかりソファーに座っていたひなたに手渡せば、ガサガサの声で返事をして、両手で慎重にペットボトルを受け取った。
さすがに酔いは醒めたのか。
「吐き気は?」
「ない、です」
隣に腰を下ろして、ひなたの様子を観察する。
ペットボトルを支える手は小さくて、指先の曲線は繊細だ。男の俺の手とは絶対的に違う。水を飲む度に動く喉も細くて、例えば俺が獣で、噛み付いたとすれば息の根なんか一瞬で止められそうな、そんな弱々しさを感じた。
未だ捲れ上がったスカートの裾から覗く膝だって、小さくて滑らかそうだし。
子供じゃない。女だ。
朝日の射し込むリビングでそんなことを考えている俺の方こそ、まだ酔っているんだろうか。昨夜はそれほど飲まなかったはずなのに。
一口、また一口と控えめに飲んでいた水を、いつの間にかごくごく喉に流し込んでいたようで、ペットボトルを口から離した途端、ひなたの口から、どこぞのオヤジのような唸り声がした。
「っああ〜、うまい!」
「ぷっ、はははっ」
全然、女じゃない。
「あ、失礼しました。あんまりおいしくて」
俺の存在なんて気にもかけていないような無防備さに、脱力させられる。
「いや、別にいいよ、夫婦なんだし」
笑いが止まらず肩を揺らしていると、ムウっと唇を突き出して、片手も突き出してくる。
「ん?」
「キャップ、ください」
拗ねているのか低い声だ。
「ああ」
そうだった。開けてやったんだった。
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