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「ん……、ここ、は………?」
起きて早々、目に入った見慣れぬ光景にパチパチと瞬きを繰り返す。
「宿だ。」
「わっ!」
急に視界に飛び込んできた綺麗な顔に、びっくりして声を上げた。
思わずペンダントを握ろうとするが……ない。
ペンダントが、ない。
慌てて布団を剥いでみると、自分の体は何もまとっておらず、ペンダントもどこにもなかった。
まずい。ペンダントどころか、なにも着ていないということは、自分がエルフだとバレているということ。
『アルフ、絶対に他人にエルフとバレてはならんぞ?もしバレれば、奴隷として売られるか、帝国魔導士団に突き出されるかの二択じゃ。どちらも其方にとって何もいいことはない。………アルフ。もしバレたら、相手を殴ってでも逃げるのじゃ。このことを忘れるでないぞ。』
普段温厚なルドルフさんの厳しい言葉が頭の中で蘇って、サッと青ざめる。
「あ、あの。助けていただき、ありがとうございました。…それで、僕の服はどこでしょうか?」
「名前は」
「はい?」
質問に質問で返され、ポカンと固まる。
「名前はなんて言うんだ。」
「…………アルフレイド、です」
「そうか。」
「貴方は?」
僕が聞き返すと、男は少し驚いてから名を教えてくれた。
「俺の名前はレオン。フィクゼシア王国より、旅人としてこの国にやってきた。………ところでお前のその容姿。エルフだろう?」
「?!…それは、えっと………………………」
「別に、お前をどうこうしようというわけじゃない。ただ、この国の皇帝が、『我にエルフを差し出せば褒美をくれてやる』、と言っていたのを思い出した。」
どうこうしようとは思っていないんじゃないのか。と、ツッコみそうになる気持ちを抑え、僕は冷静を装って質問を続ける。
「……それで貴方は、僕を皇帝に差し出すのですか?」
「いいや、渡さない。
もともと俺にはこの国が、エルフを異端な存在としてみているわけが分からない。俺の国じゃ、エルフは縁起のいい存在とされているし、魔力も強い。特にエルフの治癒魔法は万能だ。どんなに重傷でも治せる。」
男――レオンさんはそこで一旦話を切ると、僕の服を渡してきた。
昨日、魔獣の返り血でベタベタになっていたはずの衣服は、その跡もなく綺麗になっていて、少し驚いた。
あれ、でも――。
「あの、ペンダン――「レオン。もうそろそろ出るわよ。」」
言いかけた僕に女性の声が重なった。
見ると、部屋の扉が開いていて、そこから獣人の女性ともう一人、同じく獣人のガタイの大きな男性が顔を覗かせていた。
「レオン、今日は帝国魔導士団の基地を視察しに行くんだろ?そいつ連れてって、そのまま渡しちまえば?」
僕を指差しながらとんでもないことを言う男の獣人にビクリと肩を震わせた。
「ダメだ。こんなに怯えてるやつを連れて行くなんて、ありえん。」
「じゃあ、今日の視察はやめる?」
「いや。こいつを家に帰してから視察に行く。お前等は先に行ってくれてかまわない。ただし、こいつのことは誰にも言うな。俺達だけの秘密だ。」
「おーけー、了解。じゃ、またな。」
「先に行ってるわ。」
獣人二人は長い尻尾を揺らすと部屋を去って行った。
「さて、俺達も行くか。」
「あの、僕のペンダント…」
「ああ、あの通信魔具か。…それにしても、こんな高度な通信魔具はそう誰にでも作れるようなものじゃない。大事にしておけ。」
パッとレオンさんの手から投げられたペンダントを慌ててキャッチする。
通信魔具なんて名前、初めて聞いた。
ルドルフさんはただ叫べばいい、って言ってたけど…。
「って、え?!ちょ、ちょっと!!」
「静かにしていろ。フードを被っているとはいえ、お前は綺麗すぎる。目立つのはあまり良くないだろう?」
「いや、それでもこれは…。逆に目立つ気がするのですが…!」
「まあ、細かいことは気にするな。それにしても、昨日も思ったが、お前の身体、細すぎやしないか?もしかして本当は女なんじゃ―「殴りますよ」…すまん。」
そんなこんなで、僕はなぜかレオンさんにお姫様抱っこをされた状態で宿を出た。
正直、とても恥ずかしくて死にそうだった。
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