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(※アルフレイドsideに戻ります。)
僕が目を覚ましたのは真夜中。
当然のように部屋の明かりは灯っておらず、真っ暗だ。
ゆっくりと周りを見渡して、部屋の中に誰もいないことを確認する。
僕はそっとベランダへ続く扉に手をかけ、そのまま開けた。
夜風が頬に当たって、少し肌寒い。
僕の今着ている服は、おそらくレオンさんのものだろう。
ぶかぶかだし、微かだがレオンさんの香りがする。
「……楽しく、美しく、困難な世界…ですか。」
ボソリと呟いては、今までのことを振り返ってみる。
いったい、こんな世界のどこが美しいのだろう。
平和に暮らしていた僕の楽しい生活は、今日、奪われてしまった。
どこかで信じていた。
こちらの世界ならもう、前世のように親の言う事に耐え、従い、体の弱かった長男の代わりに、"次期社長"などという重く大きい役目に追われることはないと。
実際、今世の僕は母親こそいなくなってしまったが、それなりに幸せだった。
いいや。
多分。幸せに、なりすぎたんだ。
だから、神様が怒って、『お前は幸せになるべき人間じゃない』って、そうやって、ルドルフさんを殺した。
「違う…!僕が、僕が殺してしまった。僕のせいでルドルフさんは、…!!」
神に罪を着せるなど、おこがましいにもほどがある。
自分が殺したのだろう。
僕の存在が、ただ一人の老人の命を奪ったのだ。
『なぜだ?白蓮ならこれくらい簡単に出来るだろう。俺を頼るな』
そう言ったのは、いったい誰だったか。
今まで成績優秀で、仕事もサボらず、ずっと僕の隣に立って、偉そうにしながらも僕を支えてくれた彼は、突然現れた得体の知れない、品もなく素行も悪い『男』の虜になった。
彼だけではない。
僕と一緒に頑張ってきた。頑張っていると思っていた人が皆、その男に奪われていった。
いつの間にか、僕は一人で。
それでも信じていた。
増え続ける膨大な量の書類だって、きっといつかはみんな戻って来てくれるだろうって、そう思って頑張り続けた。
もうすぐ、夢から目を覚まして、生徒会室に戻って来てくれるだろうって……。
やっと僕以外の手で扉が開いたかと思えば、その群れの中に、僕の居場所はなくて、むしろカチカチとパソコンを打つ音を嫌がられ、『邪魔だ。出ていけ』と、冷たく言い放たれた。
やっぱりいつだって僕の存在は、邪魔なのだ。
「――自棄になるな。」
背後からかけられた言葉に、僕は驚くことはなく、振り返ろうとも思わない。
「………レオンさんですか。」
「辛いなら吐き出せ。」
「……」
「苦しいなら、言え。」
「…………てッ…!」
どうして、そう簡単に、無責任なことが言えるんだ。
「僕の事を、何も知らないくせにッ!!何が辛くて、何が苦しかったかなんて、何も、何も知らないくせにッ!!!!!」
「だから教えてくれ。……人だろうが、エルフだろうが、獣だろうが…、言葉で伝えなきゃ何もわからない。」
「でも、伝えたってどうせ…!!」
みんなと同じようにあなたも「お前なら出来る。」って、「一人でも大丈夫だろう」って、そう言って、「頼るな」って…
「だから言わないと、わからないんだよ…!」
ぐいっと、体が後ろに引かれ、強く抱き締められた。
「俺はお前のことをよく知らないから、その辛そうな顔を笑顔にする方法も、何も分からない。
ただ……お前はよく頑張った。充分頑張った。だからもう、堪えなくていい。必死に気を張らなくたって、もう、いいんだ。」
暖かい手が、肩から頬に触れて、そのまま頭へと持っていかれる。
わしゃわしゃと、乱雑に撫でられたかと思えばぽんぽん、と今度は優しく丁寧に頭を撫でられる。
僕の中でずっと、ピンと張り続けていた糸が、音を立てて切れた。
振り返って、暖かくて、広すぎるその胸に、言葉にならない思いを連ねた。
レオンさんは、僕の頬から伝う雫や漏れる嗚咽を止めることはせず、ただ優しく、頭を撫で続けてくれた。
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