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生暖かい風に、腰まで伸びるまっすぐの黒髪がふわりと揺れている。
女だ。
物理人であろう女は、ふだん目にする電子人とたいして差はなかった。
電子人の顔や身体の見た目と比較してみると、成人の一歩手前ぐらいだろうか。
女は私の姿を見てしばらく固まっていたあと、口をゆっくりとあけた。
「#うっq”;?」
何を言っているのか全くわからない。
「s”bとgqk?」
女が話す言葉は、聞いたことがない言葉だった。
日本という国の言葉なのか。それとも世界が絶滅した後にできた言葉なのか。
けれど、言葉は通じないかもしれないが、人類であれば意思疎通はできるはず。
一歩踏み出したところで女がかっと目を見開いたかと思うと、顔をゆがめ後ずさりを始めた。
さらに一歩足を進めると、こちら側を指差したあと、傍に茂っていた背の高い草むらの陰に飛び入った。
なんだ?
私を警戒しているの──。
背中に不気味な気配を感じた私は、とっさに右に跳ねた。
ぶおおおおん。
普通自動車くらいの大きさの虫が、すぐ横をすり抜けていった。
鋭い三日月のような顎で空を切り裂き、びゅうんと宙に舞う。
クワガタ……?
小学生の頃に近くの森に行って捕まえてきたクワガタを何十倍もの大きさにした生物が、鉄板のような羽を震わせ空中に静止している。
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