ロード・オフライン

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 元上司の真面目な口調と眼差しにもかかわらず、おもわず鼻で笑ってしまった。  「1万年前に死滅した物理世界に行くとか、どんな妄想ですか」  「それが、だ。物理世界に信号を送ったところ反応があった。物理人の残した手順書に従えば、大陸間電子転送と同じ方法で物理世界に行くことができる。というよりも、行かなければならない」  タキザワはソファにゆっくりと座り姿勢を正した。  「単刀直入に言おう。物理世界に行ってもらいたい」  「何の冗談を」  「核戦争で灰と化した物理世界の現況は不明だ。大転回を確実に行うためには部隊を組んで行く必要があると思うが、まずは状況把握が必要だ」  「私が行く理由は?」  「基礎電子学を知る電務省OBで、冷静に対処できる頭脳と身体を持つ人間は、君しかいないと思ってね」  「……」  「本来であれば電務省の人間が行くべきなんだろう。ただ、マザーの異常による被害を抑える作業で手一杯なんだ。それに、これは君の役目だと思っている」       「今日も全国で24名の人が、原因不明の消死(ロスト)によりこの世を去りました」  自宅のテレビに映し出されている赤色の線は、ゆるやかな波を描きながら右肩上がりに増え続けている。    (私から特捜部長には連絡をしておく。明日朝には出発してもらいたい)  タキザワの言葉を思い出す。「大転回」を早く行わなければ、日々の犠牲者の数は今後も増えていくだろう。    (わかりました)  タキザワの依頼に、うなずく以外に私には選択肢はなかった。  消死事件を追うために電務省を辞め警察庁に入ったのに、回り回って戻ってくるとは。
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