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帰宅途中に買ってきた鳥の唐揚げを奥歯で噛み締めながら、発泡酒を流しこむ左手を見つめる。
物理世界は「データ」ではなく「物質」があるというが、いったいどう違うんだろう。
私が生きる電子世界は、物理世界の法則を模して作られたと言われている。
足を机の角にぶつければ痛いし、揚げ物にはビールが合う。母親の体内で産まれ、いずれ死ぬ。空は飛べないし、自動車よりも速く走れない。
楽しいこともあれば悲しいこともある、と思いかけ、テレビ台の横にぽつりと立て掛けてある写真に目を向けた。
肩まで伸びる真っ直ぐな髪、少し垂れている目。柔らかな微笑みと、優しい眼差し。
発泡酒をぐっと勢いよく流し込むと、喉が焦げるようにピリピリと痛んだ。
命はあっても、感情は失っているのかもしれない。
5年前の25歳のとき。
結婚したばかりの妻が目の前で消死してしまった日から。
「帰ってたんだ」
振り返ると、弟が肩にかけた鞄を机に置こうとしていた。
「珍しく早いんじゃない?」
「ああ。その代わり明日は遅くなる」
「じゃあ、飯は?」
「……食べて帰るから、大丈夫」
明日の夜のことを考え、一瞬返事が遅れてしまった。
「了解」
冷蔵庫から発泡酒を取り出した弟が隣に腰を下ろし、缶をプシュッとする。
「そういえばヒカル、物理世界が舞台の漫画読んでたよな?」
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