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「準備はいいですか?」
翌日の朝。
電務省の地下3階にある、公用の大陸間電子転送装置。
大小いくつものケーブルが繋がれているカプセルの中で、私は座っていた。
隣の大陸への出張に使ったことはあったが、まさか物理世界への出張に使うとは思いもしなかった。
「はい」
事務員の言葉に返事をする。
「目的を再確認する。現在の物理世界の状況の把握と、マザーが埋まってある建物の位置の確認だ」
タキザワの言葉に、無言でうなずく。
「転送のプロセスは普通の電子転送と変わらない。少し違いがあるとしたら、着いた先が物理人の身体の中ってぐらいか」
「かなり違いがありますよ」
「冗談で言っただけだ。頼んだぞ」
「最終安全装置解除、転送を開始します」
閉じられたカプセルの中を暗闇が覆う。目の前に青白い数字のカウントダウンが始まる。
3……2……1……ゼロ!
数字が膨らんだあと、細かい粒となって弾けとんだ。
光の粒に反射して、自分の手足がポロポロと溢れていく。
ういんういんと唸る光の輪が、暗闇の中に佇んでいる自分の意識を包み込むように流れる。
積み重なった光が視界をやがて覆い尽くしたとき。
ぷしゅー、と蒸気が勢いよく抜けるような音が耳に流れ込んできた。
ゆっくりと目を開け、身体を起こす。
薄暗い電灯の灯る部屋に、「私」はいた。
「接続ケーブルを切ります」
事務員の声とともに、首の後ろに繋がれてあったコネクタが外れた。
掌を握ったり開いたりしてみる。動く。
立ち上がり膝を上げ下げしてみる。動く。
首を右に左に回すと、部屋の大きさがわかった。
自分の意思のとおり、動いている。
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