アガパンサス

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アガパンサス

薄暗い部屋に日が少し入った合図で僕は朝を認識する。 天才と世間から呼ばれた僕はこうして家の中に閉じこもって研究をしても、誰一人として文句を言う奴はいないのだ。 だから、朝っぱらから娘の写真を見せびらかし、可愛いだの天使だの薄っぺらい言葉を並べる友人には少し腹が立った。 「博士、結婚はいいぞぉ」 「興味ないよ」 そんな簡単に出来るものか。 僕の開発の横でぐちぐち言う男は幼馴染のジャンという男。自分は人より少しばかり早く結婚しているからか、こういう話は数年前から僕にしてくるようになった。 「機械ばっかいじってないでさー」 「…」 「今は何作ってんの?」 「ロボット」 「ロボットぉ?」 僕は近くにあった写真をジャンに押し付ける。 「何、この金髪の女の子…」 「死んだ娘の代わりのロボットが欲しい。それが依頼だ」 「はぁ?なんだそれ」 「知らんよ」 ジャンは呆れたように写真を眺めるが、そのまんま説明をしただけだ。 失ったらまた欲しくなる、それが人間なんじゃないか。僕は知らんけど。 「そんなんで幸せなのかねぇ。偽物の娘なんて」 「『代わり』な。失ったことのない奴が簡単に言葉を発していいものじゃないぞ」 ジャンはバツの悪そうな顔をして「ごめん」とつぶやく。 「…いいよ。僕に関係ないし」 僕はジャンから目線を外すとロボットを抱き抱える。 最後のパーツだ。 カチャン……。 始まりの合図だ。 「…できた」 「え、まじ!?」 それまで動かなかったロボットはゆっくりと瞬きをして僕をボーと眺めていた。 ロボットは写真の中の少女と同じ金髪でとても綺麗な青い瞳を持っていた。 「はじめまして。聞こえるかい?」 「…」 沈黙。 「喋らないぞ、この子」 「産まれたての赤ん坊が喋り出したことがあるか?」 皮肉で言うとジャンは肩をすくめた。 「取り敢えず、常識はある程度身に付けさせないとな」 「お前が育てるのか!?」 ここぞとばかりに大声を出すジャン。 お前は本当に元気だな。 「…何か問題が?」 「人との関わりを持たないお前が!変人呼ばわりされているお前が!育てられると思うか!?」 天才と呼ばれた僕だから天才が育つんじゃないか? なんて、言ったらうるさそうだから黙っておいた。 「仕事だからな」 「なるほど。完成したからってすぐ客に渡せるわけじゃないのか。道のりは長いねぇ」 「困ったことがあったら頼れよ」とジャンは夕日が迎えにくる前に帰っていった。 ロボットは無表情で僕を見つめていた。 僕は取り敢えず状況を説明しようと思った。 「君はこれからローズ夫妻の一人娘メアリーになるんだ。普通の人間として生きていくんだ。僕はその為に少しの間君を育てるよ。いい?」 伝わっただろうか。 そもそも言葉を知らないんだから、伝わるはずがない。 ロボットは光のない目で僕を見つめる。 「…まずは言葉からか」 僕は気まずさと緊張が混ざり合った空気を久々に感じ、思わず独り言を漏らす。 「はじめまして、僕は博士。君とこれから時間を共有して言葉を重ねるんだ」 まずは絵本を読んであげよう。 どんな絵本がいいだろうか。 僕が昔好きだった絵本はまだあるだろうか。 何故か楽しい気持ちになって僕の下手っぴな鼻歌が部屋に響き渡っていた。
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