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多々羅(たたら)の躊躇う気持ちとは裏腹に、椿(つばき)は明るく身を乗り出した。 「ね!今度、試合があるんだ。愛ちゃん連れて来てよ!」 「試合?何の?」 「弓道!部活でやってるんだ。意外でしょ」 意外だった。弓道というと、気品や静けさを思い浮かべてしまう。彼女は真逆にいる感じだ。 「今、失礼な事考えたでしょ、弓道って面かよとか思ったでしょ」 「…いや、」 何故だろう、愛のみならず、椿にまで心の声が聞こえてしまうのか。多々羅は必死に苦笑いで乗り切ろうとするが、それすらも椿にはお見通しのようで、椿は軽く手を振った。 「いーのいーの、慣れてるし。でも私、これでも部内では結構上手い方だし、後輩に慕われちゃったりしてるし」 「へぇ、でも興味は沸くな」 「でしょ?愛ちゃんだって、一度見てくれたらギャップ萌えしちゃうかも!」 「はは、かもね」 椿はリュックを下ろし、中から取り出した可愛らしいメモ帳に、大会の場所や日時を書いていく。愛の事が本当に好きなんだなと、その可愛らしい様子を見て、多々羅は思い、ふと疑問が浮かんだ。 「そういえば、二人はどこで知り合ったの?あまり接点が無さそうに見えるけど」 「私が落とし物しちゃったの」 「落とし物?」 「うん、去年のクリスマスにね」 *** 去年のクリスマス、椿は一人で公園の植木に手を突っ込み、探し物をしていた。 「見つからない…」 かれこれ、二時間近く経っている。鼻の頭も指先も、寒さで真っ赤に染まっていた。それでも構わず、椿は植木を掻き分け、探し物を続けていた。 「あなたが、深谷(ふかや)さん?」 そんな中、声を掛けられた。椿が振り返ると、そこには眼鏡を掛けた愛がいた。黒いシックなコートに、青いマフラーで鼻先まで覆っている。 寒さに震え上がる愛だったが、そんな愛を見て、椿は瞳を輝かせた。 「探し物屋の瀬々市(ぜぜいち)です」 「舞子(まいこ)さんとこのですよね!本当に来てくれたんだ!」 「…舞子さんの所の人間ではありませんが」 愛は眉を寄せたが、椿は構わず愛の懐に飛び込んだ。 「弟分なんでしょ?何でも言い付けて良いって!」 「…弟になった覚えも、姉弟の契りを交わした覚えもありませんが」 「…ふふ!瀬々市さん面白い!」 「…初めて言われましたよ、そんな事」 愛は困った様子で、溜め息を吐く。愛には、椿が何を面白がっているのかさっぱり分からない、だが、そんな愛の姿にも、椿はおかしそうに笑っていた。女子高生の笑いのツボは分からないなと、愛は小さく肩を落とした。 「まぁ、舞子さんに頼まれた事は確かです。可愛い隣人が困ってるから、力を貸してやってくれって」 「さすが舞子さん!」 舞子と椿は、同じアパートのお隣さんらしく、互いに家族ぐるみで仲が良いという。なので椿は、喫茶店“時”にもよく顔を出していた。 舞子に椿の探し物を頼まれた時は断るつもりでいた愛だったが、当時はまだ正一(しょういち)が店に居たので、正一に言われては断れず、こうして彼女の元へ出向いたようだ。 「それで、何を探してるんです?」 「お守り。必勝祈願のピンクの袋のやつ」 「受験生?」 「ううん、来年高三。弓道の大会前に貰ったの。大事な物なんだけど…一週間前、ここでカイロを鞄から出したら、一緒に落っことしちゃって。そしたら、猫が咥えて、ぴゅーって」 「…それ、本当?」 「本当だもん!そうじゃなきゃ、こんな雪の中探してない!ここの茂みに入って行ったの!」 「分かった分かった、探しておきますから」 そう言って愛は、首に巻いていたマフラーを、椿の手に軽く巻いて乗せた。 「わ、何?」 「生憎手袋は持ってないんだ。そんなので悪いけど」 椿はきょとんとして愛を見つめ、それから手元でぐるぐる巻きにされたマフラーへと視線を落とした。温かな温もりが、冷えた指先から全身に伝わっていくみたいで、愛に視線を戻せば、早速鼻の頭を赤くして、寒そうにコートの襟を引き寄せている。 あんなに寒がっているのに、貸してくれたんだ。 そう思えば、椿は照れくさいような嬉しいような気持ちに満ちて、マフラーが巻かれた両手を胸に抱いた。不思議と、愛がキラキラして見える。雪に霞む事もなく、雪まで愛の為に降っているかのように思えてしまう。椿はドキドキと胸が高鳴っていくのを感じていた。 「…温かいかも」 「それ持って行っていいから、先に帰って下さい。見つかったら、後で舞子さんに渡しておくので」 「え、私も探す!」 「いえ、寒いですから。というか、あなたを見てるだけで寒いですから」 雪の中でも、椿は生足を出している。それを見るだけで、愛は身震いを起こしそうだった。 「えー、プロなんでしょ?ちゃちゃっと見つけちゃうって、舞子さん言ってたよ!」 あいつ、と、愛は思わず胸の内で舌打ちをした。椿に目を向ければ、期待に満ちた眼差しを向けてくる。鼻の頭を赤くして、速く温かい室内に入りたくないのか、愛はそう思いはしたが、見つかるまで気が気ではない、それ程、椿の落としたお守りは大事な物なのかもしれない。一週間前に失くしてから、毎日こうやって探しているのだから。 愛は諦め、コートのポケットから化身を辿る為の和紙とペンを取り出し、彼女にそれを手渡した。 「これに名前を書いて。そのお守りの事念じながら」 「名前?」 「簡単でいい、おまじないなんだ」 「ふーん。分かった!」 椿は特に気にする様子もなく名前を書いていく。同じく愛のコートのポケットには、金平糖を仕込んだパイプが入っていた。 「はい、書いた」 「じゃあ、始めますので、ここで待っていて下さい」 「はーい」 愛が椿から離れようとすると、椿は愛についてくる。愛は溜め息を吐いて、椿を振り返った。 「…少し離れてくれる?集中したいから」 「え、念力的な感じ?超能力!?」 「どう思って貰っても構いませんが、特別な力なんてありませんよ」 あからさまな貼り付けた笑顔に、椿はきょとんとして足を止めた。 愛はそれを見て、意図的な威圧感を出してしまった事に少し後悔したが、今は早く探し出した方が良いだろうと、構わず準備を進めた。 愛は椿から紙を受け取ると、椿から離れた場所でしゃがみ、パイプの煙を紙に吹き掛けた。しゃがんだのは、少しでも煙が見えないようにする為だ。 足元に、犬のような足跡が出てくる。椿は、こちらの様子を遠巻きに見ているだけだ、煙も恐らく誤魔化せただろう。 愛は足元に目を向けた。足跡が見えるのは、愛だけだ。愛はそれを追いかけ、茂みの方から、公園の中へと目を向けた。
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