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「え、いきなり?」
話は現在に戻り、多々羅は椿から愛との出会いの話を聞いていた。
椿からの話なので、愛が化身と対話していた事は多々羅に語られる事はなかった。椿が、愛が猫に語った話をしている間、多々羅は、それは猫ではなく、お守りの化身に掛けた言葉だったのだろうと、その様子をぼんやり思い浮かべていたのだが、出会って間もなく告白した椿には、驚いて目を瞬かせた。
「だって、超かっこよかったんだもん!探し歩く横顔が真剣で、猫を見つめる瞳が優しげで、マフラーで手を温めてくれて!あの、完璧そうなのに、ちょっとずれた感じ!」
「…はは、なるほど」
椿の熱弁に苦笑いながらも、確かに愛なら好きになっちゃうかな、と思う。これも弟のように可愛がってきた贔屓目だろうか。但し、あのゴミ屋敷に成り果てた生活態度を見たら、どう思うだろう。
「でも、大事なお守りなのに良かったの?」
「良いの。さっき言った、自然消滅になった元彼から貰ったお守りだったし。未練タラタラでお守りに縋ってたんだけど、手放す良い機会だったんだよ。きっと、新しい恋に出逢う為だったんだって思ったの!まぁ、玉砕続きだけどね」
椿は苦笑いつつ、それでも「だから、お願いね!」と、大会の日時場所を書いたメモを多々羅に握らせ、念を押す。親心なのか兄心なのか、そこまで愛を思ってくれている、玉砕続きの椿には申し訳ないが、それでも愛を大事に思ってくれる人がいるのは、多々羅にとっては安心するし、嬉しい事だった。
「了解。応援してるよ」
「ありがと!じゃ、そろそろ帰るね!」
「またね!」と、明るく去って行く彼女を見送っていると、そっと応接室のドアが開いた。
「帰ったか?」
応接室から、愛が警戒しながら顔を覗かせている。そんなに嫌がらなくてもと、多々羅は困ったように苦笑った。
「帰りましたよ。あと、聞きましたよ、お守り探しの話」
「…あぁ、あのお守りか」
「今も、猫達と一緒にいるんですかね?」
「あぁ、今も猫と一緒に暮らしているよ」
断言した愛に、多々羅は「そうなんですか」と目を丸くした。
「禍つものになるとは思わなかったけど、動物の心までは俺には分からないから。あの後、もう一度公園に戻って、化身の彼女から話を聞いたんだ。そうしたら、猫にタオルケットを掛けてくれた子供が親を説得して、翌日にはあの猫の親子を引き取ってくれるって話で纏まっていたんだ」
椿のお守り探しをした翌日、愛が公園に行くと、あの滑り台の下には、既に猫の姿は無かった。
近くで犬を散歩させていた女性に聞くと、つい先程、保護されたという。お守りを抱いている猫は、近所でも噂になっていたらしい。
「きっと、猫ちゃんを守ってくれたんでしょうね。あの猫ちゃん、保護される時もそのお守りをしっかり抱いていて、あのご家族がよく声を掛けていたからかな、大人しくてね、安心した様子で保護されてましたよ。子猫ちゃんも一緒にね」と、その女性が教えてくれた。
彼女は、猫を引き取った家族とは公園友達のようで、その後も猫達の話を聞いており、少し前に愛が公園を通りかかった時に再会した時も愛の事を覚えていてくれたようで、その時に今の猫達の事を教えてくれた。
「子猫もすっかり大きくなって、親猫は、今もお守りを抱いて寝てるらしい」
因みに、最近公園に行ったのは、別の目的地に向かう途中、道に迷った末の事だった。化身の様子も気になっていたので、あの女性と偶然でも出会えた事は幸運だった。
愛の話を「へぇ…」と、感心したように頷いた多々羅には、道に迷った事は悟られていないようで、愛はこっそりと胸を撫で下ろしていた。
「今も大事にしてくれるなんて凄いな…お互いが支えになってたのかな」
物と猫の交流に、多々羅はちょっと感動すら覚える。見えない存在が、寒さに耐える親猫をずっと励ましていたのだろうか。親猫が、どうしてお守りを咥えていったのかは分からない
が、もしかしたら、お守りの化身が椿の為を思って自分から去ろうとして、側にいた猫に頼んだのかもしれない。何にせよ、お守りも猫も幸せならいうことない。そんな思いで愛を見上げれば、愛は心なしか嬉しそうで、多々羅もなんだか嬉しくなる。
愛と同じ景色が見えたような気がして、心が浮き足立ってくる。その浮き足立った気持ちのまま、多々羅はチャンスだとばかりに身を乗り出した。
「ね、椿ちゃんの大会、一緒に見に行きましょうよ。俺、弓道の大会って見たことなくて」
「悪いけど、俺はいいよ」
そう言いながら、愛はいつものようにどっかりとカウンターに腰かけた。今の優しい微笑みはどこへいったのだろう、漫画雑誌を手に取る姿には、この話を早々に切り上げたいという様子がひしひしと感じられる。
今なら頷いてくれるかもと思った多々羅だが、そう甘くは無かったようだ。
「でも、店長へのお誘いですよ?一度くらい、良いじゃないですか。椿ちゃん、ただ来てくれるだけで嬉しいんですよ」
カウンターに手をつき、漫画雑誌を少し下ろさせて尋ねてみたが、愛は多々羅を軽く睨み上げただけだった。
何がそんなに嫌なのだろう。確かに、椿の思いに応えられなければ、行かない方が良いのかもしれないが、椿の話し振りだと、恋が実る事が重要ではないように思う。勿論、成就させたい思いはあるだろうが、単純に観に来て欲しい、会いたい、色んな話をしたい、その思いの方が強い気もする。
だが、愛からは話を聞く気すらないようで、シャッターが下ろされた音すら聞こえてくるようだ。多々羅は仕方ないと身を引いた。こうなれば説得が難しいのは、容易に想像が出来たし、無理に自分の気持ちを押し通しても逆効果だろう。
「…まぁ、また考えましょう。でも、可愛い子ですね、気持ちが真っ直ぐで」
「相手は高校生だぞ」
「じゃあ、年齢が違ったら?」
年齢が違ければどうなのか、気になって聞いてみた。気が無いなら呆れるとか、気があるから睨むとか、そんな反応を想像していたが、多々羅の予想は外れ、愛はさっさと目を逸らすだけだった。
「俺は、一人でいたいんだ」
そして、壁が立ち上がる。それはシャッターどころではない分厚い壁のようで、多々羅は途端に寂しくなる。
「…そんなの、寂しいじゃないですか」
一度は通り抜けたと思った壁も、そう簡単になくなる訳じゃない。
小さな頃は構わず取り払っていた壁も、さすがに子供の時のように上手くはいかない。愛も昔のように、簡単には越えさせてくれない。
でも、それは多々羅も分かっている。何度でもぶつかろうと、決めたのだ、この手で愛の手を引くと。
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