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気さくに話しかけてきた酒場のおっちゃんは、ちっちゃいんだけど皺深いおっちゃんだった。
多く住んでるのが、背丈の小さなホビットってのもあって、街の作りも小さめな感じなんだけど、ハーフエルフや多少の人間もいたりするから端切れを打ち合わせて作った不格好な大きなテーブルや椅子、あと住宅もあったりして、何だか面白いとこだったね。
っと、そうそう。そんな皺深いホビットのおっちゃんが話しかけてきたんだ。
「よう兄ちゃん。その使いこまれた銀の剣から察するに、あんたもひと旗上げようと上京した志願兵かい?」
「いや、わたしは都会見たさに訪れたただの田舎者だ。兵の公募があるというのは今初めて聞いたところだ」
レシェスさまはこう答えたんだ。
凛と響く低い声だった。
水とパンに釣られた感じで、がやがやとした商隊に紛れてここまで来て、それまであまり気にしてなかったけど、銀色の髪に碧色の瞳が綺麗なんだよね。
背は鎧君よりも少し高いくらいかな。ターバンで口元まで隠れてるから、普段は素顔が見えないんだけど、すっごくかっこいいんだー!
あれは神だね。うん。神かみカミ!
あ、ごめんごめん。で、何の話だっけ?
あぁ。そうそう。兵の公募がどうとかってレシェスさまが答えたってとこだったね。
おっちゃんはさらに続けた。
「そうかい。ついに待ちに待った皇太子様がお生まれになったのは知ってるよな? え?知らない? ほんとに田舎から来たんだなぁ……。んで、まぁそこはめでたい話なんだが、何を思ったか、南の世界樹の若木近くに城を構えるヘイゼル領主が、不正に兵と物資を蓄えてることが噂され始めて、急きょ戦に備えることになったんだと。しかし肝心の兵が、集まらねぇ。エルフの王さん達慌てて無茶な法律作って徴兵を始めたから面倒なことになってきた」
「無茶な法律というのは?」
「あぁ、それが兵役で手柄を立てた者は種族出身を問わず、トラインの権利書を貰えるっていうやつさ。そもそもヘイゼル領の領主は、エルフ至高主義者で有名だからな。それ以外も平等に役職を与える現王に反旗を翻すのは時間の問題だとは言われてたんだ。現王はそれを逆手に取ったつもりなんだろうが……」
「トライン?」
「トラインってのは、神の五指とも呼ばれる、外周五つの二等辺三角形の隔壁内区画のことだ。この、トーラスも含む、な」
「つまり、そこの権利書が貰えるということは、現住者が権利をはく奪されるということになるわけか」
「ま、そういうこったな。空き地なんてあったっけなぁ」
レシェスさまが言った言葉にうんうんと頷いたしわしわのおっちゃんは、渋い顔でトラ麦酒を舐めてたよ。
当時の王様は、高慢ちきのエルフの在り方をよく思ってなくて、もともと純血のエルフ以外は追い出されてたトラインを全種族に解放したり、無能なくせに鼠算式に増えるからって奴隷扱いだった人間に、まっとうな仕事と居場所を提供したりと、色々改革を進めてた人だったんだ。
まぁそんな怖い顔しないでくれよー。鎧君。
別にオイラは人間のこと無能だなんて思ってないって。
そんな時代もあったってー話だね。
そんで、エルフの聖地とも言われてる世界樹の若木のお膝元を代々任されたヘイゼル領主と対立してる感じだったんだって。
オイラにゃちょっと難しい話だったけど、何かきな臭い話だということだけは感じたな。
耳元で、「すぐに発つぞ」って言われて、首根っこつままれて、次に向かったのは南東の別の区画だった。
確か名前はヴィラだっけ。
おばちゃん達の話を立ち聞きしてたら、夜逃げの算段をしてる人達とかもいて、夜逃げって何? って訊こうとしたら、レシェスさまに止められたっけ。
一日かけて各トライン回って情報集めて、次の早朝には船に乗ったよ。
驚くほど凪いだ海だったね。
その次の日だったらしい。
後にヘイゼルの乱と呼ばれる戦が始まったのは。
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