神様拾いました。

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 そうなの、道で拾ったの。  ちっちゃい頃から、何でもかんでも拾ってきちゃいけませんってお母さんに言われ続けてるんだけどさ。なかなか治らないよねえ。特に生き物はダメだって言われてたんだあ。  でもさあ。子猫が震えてたら連れて帰りたくなるし、子犬が潤んだ目で見上げてきたら放っておけないでしょ?  他にも綺麗な石や色づいた葉っぱ。何のことはない棒っ切れやロープの端っこ。ガラスの欠片や貝殻、どんぐり。いろんなものが部屋の中や庭の隅に溢れてる。お母さんがどうしても家の中に入れてくれなかったものもあるんだあ。  私だってね、目についたもの何でも手当たり次第拾う訳じゃないんだよ? そりゃあ、お母さんやみんなからしたらただのガラクタに見えるのかもしれない。でも違うの。何かね、呼ばれるんだよ。  例えば庭の隅にあるお地蔵さんはね。  あ、違うよ? やだなあ。いくら私でも道端のお地蔵さんを拾ってきたりしないよう。お地蔵さんは落ちてるんじゃないもの。それって泥棒よりもタチが悪いよ。  そのお地蔵さんはね、古いおうちの門の脇に立ってたの。大きくて立派な門でね。だから中は見えないんだけど、きっとお屋敷も立派なんだろうなあって思ってた。  そのおうちにはおじいちゃんが住んでてね。幼稚園の頃からお地蔵さんにお花供えたりしてたら、時々お話しするようになったの。ちょっと難しい顔をしたおじいちゃんで、初めて話し掛けられたときには叱られるのかと思っちゃった。だって、お地蔵さんの前にしゃがみ込んでたらアヤシイでしょ?  道端のタンポポとか、綺麗なまま落ちてた椿の花とか、黄色い銀杏(イチョウ)の葉っぱとか。可愛いな素敵だな、って思ったものをね。お供えしてたの。それからお地蔵さんとお話ししてたんだあ。そんなだから変な子だって言われるんだよね。だって、お返事してもらってるような気がするんだよ。 「嬢ちゃん」  その日もお地蔵さんとお話ししてたら、門の内側からおじいちゃんがこっちを見てて。私は慌てて立ち上がった。おうちの前でゴソゴソしてる子供を叱りに来たんだと思って。 「ああすまん。驚かせてしまったか」  だけどおじいちゃんはそう言って笑って、 「いつも花を供えてくれているのは嬢ちゃんか?」  私がその日お供えしたオシロイバナを指さした。私が頷くとおじいちゃんも頷いて、ありがとうって言ってくれたんだ。それから時々おじいちゃんともお話しするようになった。おじいちゃんは言葉はちょっと乱暴だし笑い方もぎこちなかったけど、私は好きだったな。  だから、亡くなったときにはすごく悲しかった。お葬式には人がいっぱい来てて、関係ない私は門からちょっとだけ覗いて手を合わせた。それからお地蔵さんにお花を供えて帰ったんだ。  おじいちゃんは一人暮らしだったみたい。それからは門の内側はしんと静まり返ってて。なんだかお地蔵さんも寂しそうに見えた。  人が住まなくなったおうちって荒れちゃうんだって。先月とうとう取り壊されちゃった。結局どんなおうちかは知らずじまいだったな。  それでね。おうちが取り壊されてるときにね。他の瓦礫と一緒にお地蔵さんも転がされてたの!  有り得なくない? お地蔵さんだよ?   ブロック塀とは訳が違うんだからさあ。  お母さんはいい顔しないだろうとは思ったんだけどね。おじいちゃんが大事にしてた、私ともたくさんお話ししたお地蔵さんだもの。放っておけないよね。分かるでしょ?  だから工事の人にお願いしてみたの。いきなり女子中学生がお地蔵さんちょうだいなんて、すごく驚かれたんだけど。それでもおじいちゃんのご遺族に連絡をとって訊いてくれたんだ。  そして。  お地蔵さんは晴れてうちの子になりました! わーいやったー。  と、手放しには喜べなくて。  二十センチくらいの小さなお地蔵さんだったんだけど、重くてね。だって石の塊だしね。休み休み抱えて帰ったら、お母さんに叱られたよね。河原の石とは訳が違うのよ、って。  そうは言っても、放っといたらお地蔵さん棄てられちゃうし。それこそ罰当たりでしょ。一生懸命お願いしたら、渋々庭の山茶花(さざんか)の木の下に置かせてくれたの。和尚さんに来てもらったりしてちょっと大変だったけど、一生懸命お話ししたら分かってもらえるんだって嬉しくなっちゃった。  そんな感じでね。私はときどき変なものを拾って帰るから、呆れた顔をしつつもお母さんは慣れてるの。結局は二つ返事で、家の中に入れていいか外に置くべきかの決定が下される。  だからね。 「だってね、お母さん。離れてくれないんだよ」  子猫も子犬もハムスターも、拾ってきた生き物は責任を持ってお世話している。だからこの子も、もちろんちゃんとお世話をするよ。この子、って呼んでいいかどうかは微妙だけれど。 「思ったより大人しいし、触ったら意外と気持ちいいよ。それにお話しも出来るからいろいろ安心じゃない?」  玄関に仁王立ちして私の、というか、拾ってきた生き物の侵入を阻んでいるお母さんの表情は固い。 「むしろお話し出来ることが問題だと思うわ」 「うんまあ。そうとも言う」  敵は手強いけど私は諦めない。一生懸命お願いしたらきっと分かってくれるんだもん。  お母さんが怖がっちゃったりしたらもしかして諦めなきゃかも、と思ってたんだけど。どうやらそこはクリア出来てる感じだしね。諦めませんよ。 『何なら縮むことも出来るが』  うんそうだね。大きさは問題だよね。でも今はまだ黙っていてほしかった。だってこの子が実際に喋ったのを見て、お母さんの顔が益々引き攣ったからね。 「ねえ美耶(みや)。お母さん、生き物に偏見は無い方だと思うの」  私が拾ってきたおもち(真白い小型犬)を抱いたお母さんが溜息をついた。その足元にはあんこ(真黒い猫)が纒わりついてこっちを窺っている。お母さんはおもちを撫でて、それからちらりと私の頭の上を見た。 「でも、その子は生き物なのかしら?」  疑わしげな顔で玄関に仁王立ちするお母さんは、私が拾ってきたアヤシゲな生き物を家に入れる気は無いらしい。今のところは。
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