神様拾いました。

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 いつも通りの学校帰りだった。すっかり更地になったおじいちゃんのおうちの跡には、道路との境目にロープが張られている。立派な門もその屋根の上から覗いていた銀杏(イチョウ)の木ももう無い。毎年今の時期は黄色い葉っぱがひらひら舞って、お地蔵さんに落ちかかっていたのに。  私は何となく空を見上げて、今は無い銀杏の葉を追うように視線を落とした。 「あれ?」  境目のロープを支える杭の根元に何か赤いものが落ちている。綺麗な綾織りの、スカーフか何かかな。誰かの落とし物かも。私は深く考えもせずにそれを拾い上げた。  絶対。誓って間違いなく。それは綾織りの布だった。はず。端っこを摘んだときも、柔らかい手触りだった。はず。  だけど思いの外長いその布は、私が持ち上げると重力に逆らうように鎌首を(もた)げた。 「きゃあ!」  驚いて手を離すよりも早く、それは私の腕に絡みつく。赤と朱と、白の(まだら)の美しい蛇だ。胴回りは私の腕ほどもある。だから巻きつくには私の腕では全然足りなくて。胴を巻いてもまだちょっと余っていて。垂れ下がった尾の先が地面にくっつきそうになっていた。  私は子供の頃から割と物怖じしないタチで、男の子と一緒にカエルやヤモリを掴んで遊んでた。だけどさすがに蛇はちょっと怖いよね。しかも妙に大きいし。ぶんぶん振っても落っこちないし。ていうか益々巻きついてくるし。まあ焦るよね。パニックだよ。心臓ばくばく言ってる。飛び出しそう! 『……家』  呆然と呟くような声だった。 「え?」  声が聞こえたことで跳ね回る心臓がちょっとだけ落ち着く。ひとりぼっちより断然心強いもんね。助かったーと思って私は通りをきょろきょろ見回したんだけど、近くには誰もいない。気のせい? 首を捻ってたら、また声がした。 『俺の家……どこ行った?』  まさか、とは思ったよ。そりゃ思うでしょ。でも、声はどうも私の腕あたりからする。 「え?」  私は蛇を見下ろした。腕を持ち上げて目を合わせてみると、何だかちょっと涙ぐんでるみたいに見える。蛇って泣くのかな。いやいや泣かないでしょ。たぶん。 「おうち、失くなっちゃったの?」  うんそう。私って何にでも話し掛ける癖あるんだ。お地蔵さんにも話し掛けてたし。実は拾ったものには殆ど話し掛けてる。だって通じてる気がするんだもん。 『おう。跡形も無え』  しかもこの蛇ちゃんとお返事してくれるんだもん。何だか嬉しくなっちゃうよね。ちょっと怖いけど。  赤い蛇は、おじいちゃんのおうちのあった空き地を眺めて悄然と呟く。 『俺の家……』 「そこはおじいちゃんのおうちがあったところだよ」  この蛇、ひょっとしておじいちゃんと一緒に住んでたのかな? だったらいい蛇? 安全? 「おじいちゃんがいなくなったから先月取り壊されちゃったんだ」 『莫迦言え。爺さんが逝っちまってからも家は残ってただろ?』  蛇は不服そうに言い募った。でも実際もうおうちは無い。そもそも一緒に住んでいたのならどうして取り壊されたことを知らないんだろう。 「人が住まなくなっておうちが荒れちゃったんだって」 『嘘だろ? 俺がちっと留守にした隙に……』  腕に掛かる重みがちょっと増した気がした。  そっか。知らない間におうちが失くなっちゃったら途方に暮れるよね。可哀想な蛇さん。 「お出掛けしてたの?」 『寄合があってな。つってもほんの半月ほどだぞ』 「おうち、一週間でなくなっちゃったよ」 『……儚ねえな』  私と蛇は、乾いた風の吹く路地にしばらく立ち尽くしていた。   ◆  聞けば行く当てもないって言うし。これから寒くなるのに家無しって辛すぎる気がするし。何となく流れでうちに連れて帰ることになったんだよね。  うちには今、猫が二匹。部屋飼いと外飼いの犬が一匹ずつ。ハムスターが二匹と金魚が四匹。いるんだー。全部私が拾って帰ったんだよね。金魚は小学生の頃夏祭りですくって帰った子たちだけれど。  なんで、お母さんからこれ以上生き物は増やしちゃダメって言われてる。それに蛇だし。でっかすぎるし。そもそも見た目でアウトかもしれない。  うーん大丈夫かなあ。どきどきするー。私は緊張しながら呼び鈴を押した。鍵は持ってるんだけど、勝手に連れて入っちゃダメだもんね。  ぴんぽーん。  そしてお母さんが出てきて、仁王立ちで首を振ったのでした。
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