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で、石田は是非ともお返しがしたくなった上、この人は絶対いい人だと思ったから興味が湧いて聞いてみた。
「あなた、どうしてホームレスになったんですか?」
「歯に衣着せぬって言うんですかね、馬鹿正直なのがいけなかったんですね。自分には悪意はないんですが、何でもストレートに言っちゃうんですよ。おべっかとか言えなくてね、嘘が付けない質でして。それで世渡りが上手く行かなくて・・・」
石田には痛い程、分かった。皮肉なことにこの俗世では心にもないお世辞や調子の良いことを抜かす軽々しい者が幅を利かす中、自分も正直なのが却ってマイナスに作用し、梲が上がらないから心から同情して全く気の毒だと思い、弥が上にも何か恵んであげたくなった。
石田は路上生活者と別れた後も気の毒だ気の毒だと思いながら家に帰り、今度は蜜柑を三個携えて夕暮れ前、青テントの所へ戻って来ると、路上生活者は留守だった。
石田は10分だけ待とうと思って待っていると、7分後に路上生活者が帰って来て、「また来られたんですか」と訊いたので、「ええ、あなたと会って何だか心が温かくなりましてね、有り難く感じましたんでお礼にこれを」と言って蜜柑三個を差し出した。
「近くで炊き出しがあったんで食って来たんですよ。でも折角だからいただいておきます」と路上生活者は意味ありげに含み笑いを浮かべながら受け取ると、にやにやしながら訊いた。
「僕のことを赤い蜜柑みたいだって思ったんでしょう?」
折しも掌に乗った蜜柑は夕日で赤く染まっていた。
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