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 丸山さんの屈託の無い笑顔は眩しい。  それに比べて僕は表情筋が死んでいる。今もそう、「フッ」と笑うだけだ。なんだ、「フッ」て。もっとマシな笑い方ができないのか。 「同期の青島君ぐらい、豪快に笑ってみたいな」 「えっ不気味ですよ、そんなの。あの人、笑い方うるさすぎるし、クールな先輩……プフッ……」 「自分で言って笑うなよ」  僕は自分をクールだとは思っていない。なかなか不本意である。 「いえいえ、その、青島さんの笑い方なんて、先輩には合ってませんから! 人を小馬鹿にしたみたいなそのクール……ふっ、な笑い方で十分です」 「ひどいね、君」  妹によると、僕の表情は「チベスナ(チベットスナギツネ)」に似ているらしい。どうでも良い情報だが。ちなみにチベスナは可愛いと思う。 「それよりも! 本当は何かあるんでしょ? 家賃けちって田舎なんかに引っ越すからですよ! さてはご近所さんがうるさいとか、古い家だしお化けが出るとか?」  丸山さんにそう言われ、家賃をケチっているわけではない僕ははたと考え込んだ。  僕は都内のマンションで育った。姉が一人と、妹が二人と賑やかな家族だったが、少々窮屈な思いをして生きていた。  成人し、ようやく独り立ちしてアパートで住むようになった。だが、何か違う。いろいろな物件を渡り歩き、ついに出会ったのが会社から一時間半の「霞口」という町にある一軒家。築百年の平屋だった。前の住人が部分的にリノベーションしているので、水回りは綺麗だったし、扉も窓も新しく付け替えられ、防犯の面でも気にならない。  いろいろ悩んできた僕にとっては珍しく、その日に決断した。元々僕の持ち物は少ない。週末はレンタカーを借りてせっせと引っ越し、後は自分の住みやすいように物を入れ替え、家で気になるところはネットで調べて修繕していった。  僕は楽しく暮らしていた。夜は驚くほど星が綺麗だし、週末は自分で生豆を煎って、美味しい珈琲を飲んでいた。  ただ、二週間ほど前、少し気になることが起きた。
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