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「あぁ、また……」  そう呟いて、僕はテレビのリモコンを収納ケースの外側についている二つのポケットの右側に入れた。左側はエアコンのリモコンだった。僕にとって、ありとあらゆる「物」の定位置は決まっている。  だが、最近それが崩れつつある。僕は玄関の靴箱の上にある多肉植物「うさ耳モニラリア」を見ながら思った。その前には二つの小物入れがあって、左側に時計と自転車の鍵が入っている。しかしこれは不正解だ。 「……腕時計は、右側だぞ」  誰にともなく言って、僕は顔をしかめた。 * * * * * 「目の下にクマができていますよ」  帰り際、隣の席に座る丸山さんが言った。彼女は二つ年下の後輩だった。濃いめのコーヒー(彼女によるとストロベリーアッシュというらしい)みたいな茶色の短めの髪(ボブらしい)をしている。 「最近ずっと遅くまで残っているでしょ?」 「それはいつものことだけど、位置が……」  そこまで言って、僕は口をつぐんだ。  いつもと違う場所にある「物」たちの位置を元に戻して、点検して部屋中を回っているだなんて言えるはずがない。 「位置が、なんですか?」  丸山さんは僕の机の上を見た。そして、自分の机を。彼女の机の上はブックエンドとブックエンドの間に無理矢理資ファイルが詰め込まれ、片側は資料の束が積まれ、「てぶくろうさぎ(手袋で組み合わせて作ったうさぎをそのままキャラクター化したもの)」のグッズがあちこち置かれ、まぁ賑やかなものだ。  それに比べて、帰宅する僕の机の上はパソコン以外のものがほとんどない。机とデスクマットの間にもメモ一つ挟まっていない。仕事の間は資料は傍らに置くけれど、帰る時には引き出しに入れていた。 「……今、私の机が汚いって思ったでしょ?」  丸山さんがずばりと言った。 「いや、そういうわけじゃないけれど……大事なものがなくなってしまわないかな、とは思うかな」 「動かすと余計無くなるんですーだったら、最初っから入れっぱなし、置きっぱなしでいいんですよ!」  彼女はわざと嫌みっぽく言って、ニコッと笑った。
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