84人が本棚に入れています
本棚に追加
「え、あ、お兄ちゃん!」
桜が軒下で雨宿りしながら、ひっくり返った傘をガチャガチャやっていた。
この風で傘が壊れてしまったらしい。
そのせいで雨に打たれたのか、体が少し濡れている。
黒い髪が水をまとい、つやつや輝いて見えた。
……綺麗だ。
(……て、オレは何を考えているんだ)
雨に濡れた相手に対して失礼なこと。
というか、桜だし。
桜にこんなこと思うなんて。
オレは本当に、……最近どうかしている。
桜は幼なじみで、ガキで泣き虫で少し鬱陶しい存在で。
それで……それだけな、はずなのに。
──結局、桜の傘は骨が折れて使い物にならなくなっていた。
本人は雨の中を突っ切ろうとしていたが、さすがにこの雨では忍びない。
オレの傘にいれて送っていくことにした。
どうせ通り道だし、ここからならそんなに遠くない。
桜は少し迷ったようだったが、やがてうなずきオレの横に入ってきた。
「………」
「………」
ひとつの傘の下。
桜はオレの隣で少しうつむきがちに歩いている。
いつもピーピーとうるさいくせに、珍しく黙りこんで何も話さない。
沈黙に雨の音がにじむように響いた。
……静かな桜は、妙に儚く見える。
細い肩に、サラサラした長い髪。
白い肌はこの薄暗い雨空の下では青白くさえ思えて。
あり得ないことなのに、目を離すと消えてしまうんじゃないかと胸が苦しくなった。
最初のコメントを投稿しよう!