primula【青春のはじまりとかなしみ】

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美作はもうオレに目を向けもしなかった。 『勇ちゃん』と教室の出入口を、交互にチラチラと見ている。 その出入口には浅間が立っていて、彼女にしては珍しくオロオロしたようにこっちの様子を伺っていた。 「おれ、沢渡さんのこと探してくる。カオル先輩には言っておくから」 「わかった。でも僕は何も知らないよ。何も……関係ない」 「………シュン」 『勇ちゃん』が小さく唇を噛む。 美作から目を背けると、そのまま浅間の立つ出入口へ駆け出した。 オレもそれに続く。 浅間はオレたちが揃って出てきたのを見て、不安の色を濃くした。 「児玉くん、高橋。……どういうこと?」 「……カオル先輩。ちょっと沢渡さん探してきます。すぐに戻りますので」 「……大丈夫?というか、児玉くんは何か知ってるの?」 「いや。おれもよく知りません。知らないけど……たぶん探しに行った方がいい気がして……」 「……」 浅間は釈然としないといった風にオレを見た。 でも残念ながらオレだってよくわかっていない。 ただ、必要以上に心配させないようになるべく暗い顔はしないようつとめた。 「部活の邪魔して悪いな、浅間」 「高橋……」 「とりあえず見つけたら連れてくるから。もしただの遅刻だったら怒ってやってくれな」 「……そうだね、了解」 浅間は少しだけ笑って肩をすくめた。 不安そうな様子は残っていたけど、さっきよりは背筋が伸びている。 浅間は部長で、今ここにいる演劇部員の中では唯一の三年生だ。 その意味をきっとよくわかっているのだろう。 「……生徒会長行きましょう。とりあえず人の少なそうな北校舎から」 「あ、ああ……」 『勇ちゃん』にせかされ、オレは廊下を行く。 ふと社会科室の中を振り返ると、美作は椅子に座って、何やらスマホをいじっていた。 とても無表情な横顔で……。
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