2843人が本棚に入れています
本棚に追加
/358ページ
白川さんは照れくさそうに頬を赤らめながら紅茶を一気に飲み干した。そしてカップを置くと静かに立ち上がった。
「すみません。お恥ずかしい話をしました。僕はまた仕事があるのでこれで失礼します。今日は夜食は必要ないので、喜多さんはゆっくり休んでください」
そう言って立ち去ろうとする彼に向かって、私の口が動いた。
「名前で呼んでもらっても、構いませんよ」
白川さんが立ち止まる。私はその背中を見つめながら、自分でも何を言い出すのかと胸中で指摘する。不思議な高揚感に包まれて、頬が熱くなった。
どうしよう。そういうことじゃないんだよね。名前で呼べばいいっていう問題じゃない。
どういう反応が返ってくるのか少し不安だった、けれど。
白川さんはゆっくりと振り返って微笑んだ。
「では、せっかくなので僕のことも名前で呼んでください。朔也さん」
彼の口から放たれた自分の名前は、予想以上に心地いいと感じた。声のせいなのか、彼の話し方のせいなのか、それはわからないけれど、今までで一番響くものだなあと思った。
つまり、私はドキドキしている。
名前を、呼ぶ。
急に特別なことのように思えて緊張感に包まれる。
「えっと……こうめい先生」
白川さんは呆気にとられたような表情になり、そして静かに否定した。
「それは、駄目です。先人に申しわけないので」
「すみません。孔明さん」
彼は「はい」と笑顔で答えた。
「では、僕はこれで。明日もよろしくお願いしますね。朔也さん」
「はい。よろしくお願いします。孔明さん」
お互いに笑顔で挨拶をして、今日一日を終えた。
信頼関係が、一層強まったような気がした。
最初のコメントを投稿しよう!