5、境界線を越えた夜

2/26

2843人が本棚に入れています
本棚に追加
/358ページ
 朝6時。私が目玉焼きを焼いていると、主がキッチンを覗いた。ダイニングテーブルには小鉢に盛りつけたきんぴらごぼうとほうれん草のおひたし、トマトのサラダと焼き鮭、そして今焼き上がった半熟の目玉焼きを中央の皿に乗せて豆腐の味噌汁を置いたら朝食の完成だ。 「おはようございます。朔也さん」  名前を呼ばれてどきりとした。まだ、慣れないなあと思う。 「おはようございます。孔明(よしあき)さん」  主の名前を口にするのも妙に気恥ずかしい。 「今日もおいしそうですね」 「凝ったものでなくてすみません」 「充分です」  孔明さんがお茶を淹れているあいだ、私は炊きたての雑穀米を茶碗によそった。そして、ふたりでダイニングテーブルを挟んで座り、お互いに手を合わせて「いただきます」と言った。  いつもと変わらない穏やかな一日のはじまりだ。  少しずつ、庭に植木が増えていく。この家に来たときは雑草が放置されて悲惨な状態だったのに、すっかり癒しの空間へと様変わりした。穏やかな天候も続いているので特に早朝は空気も澄んでいて気持ちいい。都会の喧騒もなく、昔の知り合いもいないので、私にとってここはまるで別の世界なのだ。  できれば長く、ここにいたい。  主がこの先もずっとひとり暮らしをしてくれるなら、私もずっとそばでお世話をしようと思っている。余計なことを考えず、静かに平穏に、ここで一生を送れたらどんなにいいだろうか。  私の勝手な夢だけれど、思うだけならいいよね。
/358ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2843人が本棚に入れています
本棚に追加