5、境界線を越えた夜

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 白地に赤とブルーの花柄、そしてはっきり目立つ深緋(こきひ)の帯。  ちょっと若い人向けじゃないかなあと思ったけれど、恵美子さんは歓喜の声を上げた。 「やっぱり似合うわあ。あたしの若い頃そっくり!」  その言葉をどう捉えるべきか迷っていたら、彼女がそのまま話を続けた。 「理久のお嫁さんにと思ったんだけど、姑のお下がりなんて嫌でしょ。でも捨てるのももったいないと思って」  私はいいのか、という突っ込みはさておき。浴衣なんて久しぶりだ。たぶん、子供の頃以来だと思う。 「素敵ですね。でもいいんですか? 私が着ても」 「いいのよ。どうせあたしはもうこんな可愛らしいものは着られないから。なーんて、本当は太っちゃって入らなくなったんだけどね」  恵美子さんは陽気に笑って言ったが、私は立場的に笑ってはいけないだろうと思い平静を装って微笑んでおいた。実は笑いそうになってしまったが、堪えた。  恵美子さんはにやにやしながら私の耳元に顔を近づけて、ぼそりと言う。 「いつもと違うあなたを見たら、孔明くんもドキッとするんじゃないかしら?」  うわあ、余計なお世話だなあ。  しかし、ここは冷静に返しておく。 「そうですね。反応が楽しみです」 「でしょ。今夜は盛り上がるわよ」  恵美子さんは自分が楽しみにしているような空気だが、孔明さんと夜に顔を合わせることはほとんどないのでこの浴衣姿を彼が見ることはないだろう、ということは言う必要はないかな。 「ありがとうございます。後日クリーニングに出してからお返ししますね」 「あら、いいのよ。それあげるわ」 「え、でもそんな……」 「不要なら捨ててもらって構わないから。どうせあたしは着られないし」 「そうですか。では遠慮なくいただきます」  デザインが割と好みなので単純に嬉しい。  恵美子さんには後日何らかのお礼をしておこうと思った。
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