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「しかし、どうして急に浴衣を? まさか僕に合わせるように言われましたか? そうであれば恵美子さんに忠告をしておかなければなりませんね。あまり首を突っ込んでもらっては困りますしね」
孔明さんの口調は穏やかだが、内心はこれ以上余計なことはするなと思っているのだろう。しかし、これは私自身も受け入れたことだし、それに孔明さんに見てもらいたかったことだから。
「違うんです。今夜、お祭りがあるでしょう? だから着せてくれたんです。私は大人になって浴衣を着るのははじめてで、嬉しくて甘えてしまいました」
孔明さんは少し驚いたような表情で目を丸くした。
「ああ、そういえば今夜は花火が上がるんですね」
「そうみたいです。買い物へ行ったら浴衣姿の人がたくさんいました。では、私は食事の準備をしますね」
そう言って私は彼に背中を向けて、包丁とまな板の上にある大根を握った。すると、なぜか孔明さんがとなりに立って私に顔を向けたのだった。こんなことはあまりないので不思議に思うと同時に、緊張した。
「えっと、どうかしましたか?」
「朔也さん、せっかくなのでお祭りに行きましょうか」
「え?」
私は驚いて包丁を握りしめたまま固まった。そしてなぜか鼓動がとくとくと速まっていく。
「あなたはここに来てから休んでいない。たまにはゆっくり遊びましょう」
「でも、孔明さんはお仕事が……」
「僕も、遊びたい気分です」
孔明さんは人差し指を立ててにんまりと笑った。
それを見て私もゆるゆると笑みがこぼれて「じゃあ、行きます」と返事をした。
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