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周囲のざわめきと男の子の泣き声が私の頭に一気に流れ込んできて頭痛がした。頭だけじゃない。胸の奥も痛い。けれど、私は足が動かなくて呼吸さえも忘れそうになっている。
「何あれ? 男サイテーじゃない」
「かわいそ」
そんな野次馬の声が頭の奥を貫くように響き、視界がぐらりと揺れる。
男の子の泣き声がさらに大きくなり、母親の女は「泣き止んでよ」と声を震えさせている。
花火がぱーんと打ち上がって、周囲が一瞬明るくなる。すると野次馬の視線はもう空へと移動していた。
泣き続ける男の子と女の向こう側にはいつの間にか孔明さんがしゃがみ込んでいて、箸を使って地面に散らばった焼きそばをビニール袋に回収していた。彼はすべて回収し終えると箸も突っ込んでからビニール袋をきつく結んだ。きっとあとでゴミ箱に捨てるのだろう。
そして彼は泣き続ける男の子にりんご飴を差し出した。
「はい、どうぞ。おいしいよ」
男の子はびっくりしたような顔で泣き止んで、それを受けとった。
女が「すみません」と頭を下げると、孔明さんは「いえいえ」と屈託のない顔で笑った。
りんご飴を口にした男の子は笑顔になった。
私は足が動かなくて、声も出なくて、ただ彼らの様子を眺めることしかできない。
周囲の誰も彼らのことを見てはいなかった。
花火の音と湧き上がる歓声と、男の子が笑う声と、いまだに残る先ほどの男の怒声が頭の中をぐるぐると駆けめぐって、私は時間の経過を忘れた。
まずい。
立っていられない。
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