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家に帰り着くと玄関の木の匂いが鼻をくすぐった。ほんの数時間よそへ行っていただけなのに、なぜか今日はその匂いが心底落ち着いて心地よかった。
「2階の一番奥にある4畳半の部屋です」
と孔明さんが言った。
そこから花火がよく見えるらしい。
その部屋は狭いせいかあまり物が置かれていなかったが、埃と蜘蛛の巣でお化け屋敷みたいな状態になっていた。毎日窓を全開にし、空気を入れ替えながら徹底的に拭き掃除をしてなんとか綺麗な状態にしたが、畳についているシミは落とせなかった。
私は客間で使うために新調したふかふかの座布団を2枚持ってきて、シミを隠すようにして敷いた。
窓を開けると花火が見えた。ちょうど建物などの遮るものがないので意外にもしっかりとした形で目にすることができる。
「わー、思ったよりよく見えますね」
「遠いですけどね」
孔明さんがそばに寄ると、暗い室内がぼんやりとオレンジ色の光に包まれた。この部屋には照明が取り付けられていないので、彼は提灯を手に持って部屋に入ってきたのだ。和紙に蝶の絵が描かれた現代的なデザインの細長い提灯だ。とは言え、蝋燭ではなく電池で点く照明である。
「素敵な照明ですね」
「昔、生徒さんが僕の誕生日にプレゼントしてくれたんです。長いあいだ放置していたのですが、まだ使えるみたいでよかったです」
「孔明さんの雰囲気によく合っていますね」
「そうですか」
孔明さんはわずかに微笑んで提灯を窓枠に置いた。
花火が消えたあとの空にはぽっかりと浮かぶ月がぽつんと残されてやけに目立った。
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