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ぼんやりとした視界の向こうに蝶が見える。赤っぽい紫に光る蝶が浮かび上がり、ゆらゆらと揺れている。狭い箱に閉じ込められて必死にもがいているように見える。
「朔也さん!」
私の視界から蝶が消えて、代わりに孔明さんの顔が映った。彼は深刻な表情で私に声をかけている。彼が私の肩を抱いて支えてくれていることに気づいてはじめて自分が体勢を崩しているのだとわかった。
「よ、しあき、さ……」
「大丈夫ですか? やはり体調が……」
「ちが、う……」
違うんです。ごめんなさい。心配かけてすみません。
心の中で謝罪しながら私は願いを口にする。
「窓、を……」
閉めてほしいと言う前に孔明さんは窓をぴしゃりと閉めた。おかげで外の喧噪は消えて、遠く打ち上がる花火の音だけがかすかに聞こえた。
あーあ、なんでこうなっちゃうんだろう。
せっかくの楽しい時間だったのに。
私はいつまであの人の鎖に繋がれているのだろう。
いつになったら私は解放されるのだろう。
体は自由になったのに、心はいつまでも囚われたままだ。
「朔也さん、やはり何か大きな悩みを抱えているのですね」
孔明さんが私の耳もとで静かに言った。
私は肯定も否定もせず、彼に肩を抱かれたまま、じっとしていた。
「余計なことを詮索したくはないが、あなたが心配です。僕にできることがあればなんでも……」
「そばに、いてください。少しだけ」
私は目の前の救いの手にすがりついた。
孔明さんはそれ以上何も言わずに私の背中に腕をまわしてぎゅっと抱きしめてくれた。
温かいなあと思った。
穏やかで、とても安心する。
呼吸が落ち着いてくると、だんだん眠気が襲ってきて、私は彼の腕の中で眠りに落ちた。
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