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私は朝にシャワーを浴びることはあまりない。通常であれば就寝前に体を綺麗にしてから布団の中へ入ることを徹底しているし、朝は洗顔と歯磨きと簡単に顔のお手入れをする程度だから。
今朝は違った。
昨夜、たぶん飲み過ぎた。
ぼんやりした頭を起こすため、目が覚めて一番に風呂場へ行き、長い時間をかけてシャワーを浴びた。
朝の6時だ。
「はあ……さっぱりした」
素早く着替えて髪を乾かしてからキッチンへ向かい、少し遅い朝食を作りはじめる。主は今朝は寝ているはずだ。だからそんなに急ぐこともないかなと思った。
トン……。
私はネギを切っている途中で包丁の手を止めた。
そしてぼんやりと宙へ目線をやる。
先ほどまで夢を見ていたのではないかと思っていたが、起きてから時間が経つにつれてそれが現実であったことを強く思い起こすのだった。
「あああー……」
大きなため息を吐き出すと同時に、私は包丁を置いてうな垂れた。
「……やってしまった」
恋人でもない男と寝てしまった。
今さらどうにもならないけれど、酔っていたとは言え、なんて馬鹿なことをしてしまったのだろう。よりにもよって雇用主だよ。今まで私が大切にしていた彼との距離感を自分で破壊してしまった。アルコールの力って恐ろしい。
すっ、と顔を上げてふと考えてみる。
「なかったことに……」
できるわけがない。
どうしよう。彼とどうやって顔を合わせたらいいのかな。気まずい、恥ずかしい。それに、見せられるような綺麗な体でもないのに。でも暗かったし、わかんないよね。いや、そういう問題じゃないか。
しばらく思い悩み、とりあえず朝食を作ることにした。
トントントンと小刻みにネギをカットしていたら、包丁の刃が軽く左手の人差し指に触れた。
「痛っ……」
じわりと人差し指の先から血がにじみ出た。
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