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広い玄関には靴を収納する棚以外に物は置かれていない。土の汚れがこびりついた玄関の床の上に靴が脱ぎ捨てられ、骨が一本折れた黒い傘が壁に立てかけてあるだけだ。
しかし、壁には『一期一会』と書かれた立派な“書”が額縁に入れて飾られている。
殺風景の中、それがやけに目立っている。
私はどのように掃除をするか頭の中でその様子を思い浮かべながら、持参したスリッパを履いて埃まみれの廊下を歩いた。
リビングを覗くとソファやテーブル、そして床の上にも衣類や本や書類などが散乱していた。ざっと目線を横に流してみると、空のペットボトルとか栄養ドリンクの空き瓶とか、ビールの空き缶、そしてなぜか箸までが転がっている。
まさに絵に描いたような理想的な散らかり方だと思った。
「結構やらかしていますね」
軽く感想を述べてみると、私の斜め前に立つ白川さんはたいして悪びれた様子もなく淡々と返答した。
「すみません。掃除をする暇がまったくないので」
「はあ……そんなに忙しいのですか? 小説家というお仕事は」
「いや、忙しいというよりはネタが出てこなくて机にかじりついている時間が圧倒的に多いので食事をする暇さえないのです」
よくわからないが、大丈夫なのだろうか。
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