4、近づいていく距離

12/23
前へ
/358ページ
次へ
 理久くんや生徒たちは白川さんのことを「こうめい先生」と呼んだ。まあ、どちらかと言えばこの呼び方のほうがポピュラーだが、当の本人はそれを嫌がった。 「先人に大変失礼なのでやめてください」  などと謙遜して言っていた。  けれど私は、彼はもっと偉そうにしていてもいいのではないかと思う。彼は生徒たちに対しても敬語を使い、優しげな表情で接するのだ。みんなそれをわかっていて、わざと彼をからかったりする。つまり、彼はいじられキャラなのである。  比べるところではないのだけれど、それほど男を知らない私には彼がとてもめずらしい生き物のように思えた。  男の人って少し優位に立っただけで偉そうに威張り散らす印象しか、私にはない。そんなにお前は偉いのかよ、と言いたくなるほどに。  白川さんはあまりにも、私の知る男性像とは違い過ぎて最初は戸惑った。雇用主だからもっと偉そうにするものだと思っていたし、そのつもりでいたので拍子抜けした。  そして、安心した。  今はとても好意的な印象を持っている。    白川さんが長いあいだ人と会わない生活をしていても、誰かのたったひと言でこんなふうに昔の生徒たちが集まるのは、彼の人徳なのだろうなあと思った。  だけど……。  元夫(あのひと)も私以外の人間には仏のように優しかったのだ。  飲み会ではこんなふうにみんなと笑顔で話していた。  女性に対しても、老人に対しても、誰に対しても親切だった。  もし仮に、白川さんが家庭を持つようなことがあったら、彼も豹変してしまうのだろうか。  まあ、私には一切関係のないことだけれど。
/358ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2934人が本棚に入れています
本棚に追加