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私は今、混乱している。あの温厚な白川さんがたぶん少し怒っているような気がするのだ。どくんどくん、と警笛を鳴らすように鼓動が高まり、不安が襲う。
この人も、怒ったら怒鳴るのかな。
そう考えたら、私は無意識に頭を下げて謝罪してしまった。
「ごめんなさい!」
「え? いや、喜多さんじゃないですよ。僕は理久くんに少々思うところがあってですね」
白川さんは慌てて立ち上がり、私の顔を覗き込んだ。
そっと見上げると困惑した表情の彼と目が合った。
「名前呼びは仕方ないとしても、年上の女性に向かって“ちゃん”付けはどうなんですか。失礼にも程がありますね。そうは思わないですか?」
白川さんは力強く主張する。
はっきり言って私はどう呼ばれようがまったく気にならないのだけど、彼がそう言ってくれるとなんだか嬉しいような気もする。
「そう、ですね。せめて“さん”付けですね」
そう言うと、彼は少し落ち着いたのか静かに腰を下ろした。ただし、表情は困惑したままだ。
「まったくです。僕だってまだ名字呼びなのに」
「え……?」
私が首を傾げると、彼はきりっとした目を私に向けた。
「そうでしょう? 毎日あなたと一緒にいる僕がよそよそしい呼び方で、なぜ初対面の理久くんが名前呼びなんですか」
私は呆気にとられて白川さんを見つめたまま固まった。
なんだ、そんなこと?
彼の怒りがなんと可愛いことか。
緊張ぎみだった私の胸中は瞬く間に安堵感に包まれて、私はほっと息を吐いた。そして、なんだかおかしくなって、私は声に出して笑ってしまった。
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