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 ぼくはなんてことをしてしまったんだろう。なんてことを、なんてことを……  氷室の脳裏にはもう、同じ瞬間、同じ言葉しか浮かんでこなかった。落ちつけ。でも蘇ってくる。田中澪の体をつかんだ時の柔らかい感触、そして押し当てた唇の……キスって、こんな感じなんだ。考えてみれば、あれがファーストキス。  どうして、あんなことをしてしまったんだろう。できたんだろう。恋の告白さえできそうもないくらい、ドキドキして怯えていたのに。  田中澪がああ言った瞬間、体の底からつきあげるような純粋な怒りしかなかった。火山の火口から噴き上げる、黒くて熱いマグマのような。目の前が真っ白になった。抑えようと考える間もないほど、早く激しく噴き出した衝動。目の前の女をメチャクチャにしてやりたい。確かにあの時そう感じた。  誰よりも優しくしたかったのに。誰よりもわかってほしかった。それなのに。  全然正反対のことした。結局できた行為は、彼女を傷つけただけ。ぼくはなんてひどい、ダメな人間なんだ……でも、彼女は完全にぼくのことを誤解していた。ぼくの行動が、まるで全て計算ずくみたいに思っていて、ぼくの悩みなんて全く気づいてもいなかった……  いや、だからと言って、乱暴なことをしていい訳はない。謝りたい。ごめんなさいと言わなきゃ。ごめんで済むか。済まないかも知れない。土下座してでも許しを乞うんだ。  彼女の足元にひれ伏す自分を想像して、氷室は暗くねじくれた興奮をおぼえた。足元にひれ伏すしかない自分。クズのような自分。それだけの価値しかない。そして、彼女は頭上から冷たく見下す。  とにかく土下座してでもいいから謝って、ごめんなさいと言って、あの時キスしたのは君が好きだったからだと告白しよう。決していい加減な気持ちじゃなくて、君のことが好きでたまらないから暴走したのだと言おう。そうすれば、何かが変わるかもしれない。彼女の気持ちが変わるかもしれない。すがりつくように氷室はそう思い、信じようとした。  氷室の懺悔は続く。ぼくの好きだっていう思いを聴いてもらおう。自分の本当の気持ちを全部彼女に話そう。ぼくの醜いところ、ダメなところも全部さらけ出す。軽蔑されてもいい。それが本当の自分だから。  勇気を出した告白が、彼女の心を動かしたら、優しい彼女の心に届いたら……ぼくらはまた語り合える。ぼくが自分をさらけだせるのは、田中澪、君しかいない。もう一度、君に会うんだ。
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