12 文化祭

1/1
前へ
/15ページ
次へ

12 文化祭

 文化祭の日、校舎の中は、生徒たち、その家族や違う学校の友達なんかで、ごった返していた。氷室のクラスの前の廊下も人が多すぎて、人に触れずに歩くことさえ難しい。各教室は、模擬店やゲーム、そして様々な展示物があり、飾り物があり、呼び込みをする声も相まって、学校全体がまさに縁日のようだ。  人混みの中、氷室は田中澪の姿を探したが、見つからなかった。彼女の理系のクラスにもいないようだ。  学校の中、皆明るく声を張り上げている。男の集団が発する素っ頓狂な声、女子の笑い声、そして並んで歩く男女のペア。彼らはきっと、文化祭ラストの夕方のキャンプファイアーで踊る算段でもしているのだろう。男女たちの囁き声は、文化祭の熱気で聞こえない。  共通するのは、他人のことなんて関係ないってこと。こんな混沌の中なら、誰にも気づかれずに、彼女に言えるのではないか。氷室は、何か魔法のようなものを期待して、校内を歩き回る。今度、田中澪に出会ったら、ちゃんと「好きだ」と告白したい。傷つけて、ごめん。優しくしたいんだ、本当は。  しかし、彼女の姿さえ見えないまま、文化祭の一日は過ぎていった。日が傾いて、終了時刻が近づいている。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加