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被害者の誰にも知られない独白
……さて、一通り贈られたチョコレートは口にしたな。軽く胸やけがする。少々調子に乗って食べ過ぎたかも知れない。だがまあ、最後だからな、これくらいいいか。
誰がどれだけ僕の食べたチョコレートに毒を盛っただろう。妻はほぼ間違い無く盛っているだろう。友人のあいつも多分。秘書も最近様子がおかしかったから、毒を入れているかも知れない。
概ね予定通りだな。わざと薬品棚の鍵を開けておいたのが一週間前、それから今日までの間に何度か毒物が減っていた。ちゃんと記録は取っている。それぞれは少ないが、全て合わせると何とか致死量に達する。苦味のあるチョコレートに混ぜるとわからないだろうと思っていたが、案外味が変わるものだな。味見が出来ないから仕方ないか。
さて。
僕はこれで死ぬけど、多分誰も悲しむ者はいないだろう。僕は冷たい人間で通っているし、それは自分でも否定出来ない。何せ僕は、他人に心を寄せることが出来ないから。
物心ついた時から、僕は他人が泣いていても笑っていても何も感じなかった。誰かがドラマや映画などを見て感動していても、世の中の理不尽に対して怒っていても、苦しい境遇にあって嘆いていても。それはただ「そういうものだ」という受け取り方しか出来なかった。
そんな態度は世間的には「薄情だ」「冷たい」と評される。それさえも僕は「そういうもの」としてしか受け取れなかった。成長するに連れて皆と同じように振る舞うことを覚え、表面上は取り繕うことは出来るようになったが、付き合いを重ねればすぐにメッキは剥げる。
同年代の者達が恋愛に興味を持ち始め、僕にも好きだと告白する女子が出始めても、僕は何も感じられなかった。僕もそういう年頃だということもあり、恋愛というものに興味を持って付き合ってはみたが、誰一人僕の心を動かすことは出来なかった。当然、誰とも長続きはしない。それから今に至るまで色々な女性と付き合ってみても、未だに僕は恋愛というものを体験出来ていない。
恐らく僕の本質は虚無なのだ。何もないから、何も響くものはない。親が愛情をかけなかったからこうなったと言う者もいるかも知れないが、多分違う。もし他の両親の元に生まれて愛情いっぱいに育っていても、僕が僕である限りこんな人間になっていただろう。
さらに皆を観察していると、僕はある仮説に思い当たった。──彼らは僕と顔を合わせていても、僕自身のことは見ていないんじゃないか?
空虚な僕は、何かの心情を投げかけても相手の投げた心情そのものしか戻せない。だから、僕は相手に対して一種の鏡のように機能しているんじゃないか。鏡を見る時、鏡そのものを見ている者は少ない。大体皆鏡に写る鏡像の方を見ている。だから僕と顔を合わせている皆は、僕ではなくて僕という鏡に写った自分自身の姿を見ているのだ。
しかも僕は、どうやら歪んだ鏡らしい。憎しみや悲しみ、怒りなどといった負の感情の方を良く写してしまっているようだ。だから僕と付き合っていた女性達の中に、しばしば心を病んでしまった者がいるのもうなずける。自分の醜い側面としょっちゅう向き合っていたら、そうなるのも当然だ。
──そこで僕は、ある考えが浮かんだ。
鏡たる僕が自ら他人を写しにかかったら、一体どうなるのだろう? 恐らく最後は誰かの死で終わるだろう。死ぬのは相手かも知れないし、自分かも知れない。だけどそれは、僕にとっては一種魅惑的な実験だった。
とは言え、別に特別なことはしない。ただ普段通りにしているだけだ。ただし、僕の存在を植え付けるように、誰かと対する時は相手をじっと見るように心がけた。僕と向き合え。僕に写る君の鏡像と。
効果はたちどころに表れた。妻や友人達は僕に対して思い切り殺意のこもった視線を投げかけて来たし、秘書は何やら独りよがりな陶酔の視線を向けて来た。僕が涼しい顔をしているので気づいていないと思っていたのか、誰もが感情をだだ漏れさせていた。
実験の終了は誕生日パーティーに決めていた。チョコレートパーティーにしたのはバレンタインデーにかけたのと、チョコレートなら毒入りでも食べやすいのじゃないかと思ったからだ。皆、誘われるように毒を盗み出し、毒入りのチョコを僕に振る舞った。
僕に毒を盛った連中は、皆警察に捕まるのかな。捕まるだろうな、どいつもこいつも計画が雑だ。まあ僕を殺せたってことでチャラにしてくれ。どうせ鏡を壊しても、自分の醜い姿がなくなるわけじゃない。僕も含め、皆平等に罪人だ。
結局、僕は生涯を通して誰にも心を動かすことは出来なかったな。そう、僕自身にさえ。……だけど、人生で一度くらいは誰かに対して激しく心を動かす経験をしてみたかったようにも思う。それを人は恋愛と呼ぶのだろうか。
──ああ、もう限界のようだ。手足の感覚がなくなって来たし、呼吸も困難になって来た。意識も朦朧とし始めた。実験は終わりだな。
それじゃ、みんな。
さよなら。
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