陽光

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  「与太話かどうかは貴女が後に決めればいい」 「…朝、その天窓から陽光が射すまでだ。その頃、お前の死を迎えに同僚の刑務官が来る」  椅子の上で胡座(あぐら)をかく。そしてその膝に頬杖をついた。 「格式高い渡り鳥よ、さぞ私の最期に匹敵する与太話を披露してくれる事だろうな」 「…ええ、それでは(スン)刑務官と私の最期に相応しい武勇伝をお話しして差し上げましょう」 「武勇伝」  鼻で笑う。そのまま顔を逸らし、やはり込み上げてくる嘲笑を噛み殺した。 「やはり所詮は同等だな。貴様ら囚人は自らが犯した罪を死刑執行目前にして我々に豪語する。多少の脚色も生を謳歌した美談に塗り替えることでその罪を正当化しようとしている。いいだろう、贖いを武勇伝と説くなら聞き入れてやる。ただ私の耳は肥えているぞ、同じ経緯(ながれ)で何度となく聞かされて来た。反吐が出るような人間の愚かさを助長するだけの美談をだ。貴様の罪はなんだ? 双子の少女強姦の末自宅に火を放った一家殺人か、斧で頭蓋骨をかち割った末に首を飛ばした大男の話か、或いは」 「4人殺しました」  檻を握った男が口を開いた時、それは武勇伝ではないことを知った。  今から始まるのは豪語でも美談でもない。  この眼が物語っているのは、懺悔だ。 「…もう、16年も前の話になります。当時私は学生で、中国の、今で言う西部に位置する山奥に身を置いていました。歳の離れた妹と両親の下で、裕福ではありませんが安寧な日々だったと思います。  ある時流行り病で母が亡くなり、妹も後を追うように衰弱していった。全身の肌が爛れベッドに腐敗臭が漂い、そうして息を引き取った時、彼女はまだ6歳でした」 「…」 「父は出稼ぎのために家を留守にする事が増え、私もまた学校に通うのに毎日山を降ります。同じ家にいながら父と顔を合わせる事が減ったのは生きる瞬間が重ならなくなったからでしょう。共にこの家にいることは知っていましたが、いつしか留守にする事が増え、そのうち父の存在を感じられなくなりました。父が稼ぎ先の女性職員に手を出してそのまま蒸発したと言うのは学校で他の生徒から聞いた話ですが、然程重要なことではない。私の中で父はその程度まで陥落し、家族と呼べる存在もなきまま、家族があった山頂の自宅から毎日山を降りた。  辛いのは、風邪をひいた時でしょうか。足腰に堪えて途中で倒れてしまっても、人が横を抜ける気配がすれど私に手を差し伸べる人間はいません。妥当な判断です。素性の知れない人間は変に触れず嵩張(のさば)らせておいた方がいい。黴菌が感染(うつ)るかもしれない。私が逆の立場でもそうしたでしょう。何度か行き倒れ(・・・・)を経験しましたが、この通りです」 「…神がいたとして、貴様を世に残したことは恥ずべき大罪だな」
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