陽光

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  「溜め息をやめてもらえますか」  収監室まで戻る道すがら声を発したのは、前を歩く翡翠だった。刑務作業を終えると一斉に収監室に戻る他の受刑者達とは違い、この男に限っては刑務官二名が配置に着き単独で送り届けるよう義務付けられていた。既に入所後六日が過ぎ、依然として翡翠の奇行が見られなかったからこそだ。慢心は命取りになる。  翡翠の発言に一度隣を見たものの、同僚の()刑務官は黙って男の腹を一周した縄を持ったまま肩を(すく)めるばかりで、言い逃れ出来ない。 「その色は疲弊ですね。解りますよ、扇動というのは、この世で最も気力を有することです」 「扇動? 241番、他の受刑者に入れ知恵でもされたか」 「私は結構ですが、見せるべきではない。気迫を損なうから綻びが生じるんです。増してや囚人は付け入るのが得意だ」 「…なんの音だ?」  言葉が過ぎると忠告しようとした矢先、李刑務官が呟いた。収監室の方からだ。カンカンカン、と何かを立て続けに鳴らすような音が響き、即座に足を踏み入れると囚人全員が配膳の皿と箸を両手に掲げ、檻の中から騒音を立てている。それを鼓舞する人間が奥の方に見えた。各位に銃を向け、檻と檻の間で彼らの気が荒ぶるように扇動している、  (ヤン) 家乐(ジャラ)だ。 「杨刑務官! 何をしている!」 「この連中、塵以下の分際でこの俺を愚弄した! 一端(いっぱし)とは名ばかりの親の七光り野郎だと」 「七光り小便小僧と言ったんだケツの青い蒙古斑、いや杨刑務官」 「ぶっ殺すぞ!!」 「落ち着け挑発に乗るな!」 「なあ(スン)刑務官にご執心の成り上がりなんちゃって刑務官さんよ、良かったなお姉さんに構ってもらえて! そのまま下の面倒まで見てもらったらどうだ」 「左曲がり童貞野郎」 「この薄汚い監獄で残すところ死を待つだけの動物園の猿紛いが、全員俺が粛清してやる」 「よせ、杨!!」  受刑者の檻に火花が散り、一瞬で辺りが静まり返った。…発砲した。懲戒処分だ。幸い受刑者にかすめこそしなかったものの、顔を引き攣らせて杨 家乐を見れば私にまで銃口を向けてきた。 「…わは、撃っちゃった。そうだ孙刑務官、あんた父親を殺した犯人を探すためにこの職に就いたって本当ですか」 「…誰からそれを」 「夏莫尼(シャモニ)看守部長が」  あの馬鹿。奥歯を噛み締めて睨み上げれば、含み笑いをした杨が私の顎を銃口で持ち上げる。 「可愛いとこあるんすね。嫌いじゃないですよ、健気で。ただ、武力行使に弱い」 「…」 「拳銃一つで屈服する愚かな俗物どもが、怖いか? あ? さっきまでの威勢はどうした」  そのまま檻の左右に向け、受刑者の多くが怖気、身を引っ込める優越に血迷ったのか、はたまた浸っているのか。杨は完全にハイになった様子でおもむろに制服のベルトに手をかけ前を開き出す。
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