陽光

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   長官の気まぐれな飯事(ままごと)に受刑者を巻き込んだ結果その命をふいにする所だった。全てが浮ついている。罪を贖い、更生させるべき場所で過ちを生むかもしれなかった。その事実の重大性を何故重んじない。扇動すべきが自ら道を踏み外させてどうする。これでは自分も加害者だと咎めたらそれは違う、と()なされた。 「…蓉、きみは真面目に刑務官の職務を全うした。十年休まずだ。これは誇るべきことで誰にも出来ることじゃない。ただその反面、融通が利かない。処分に関してもだ。きみはもう楽になっていい」 「…(ヤン)に捲し立てられた時、翡翠が同じことを言っていました」 「何?」 「〝言われなくても四日後死ぬ〟と」 「…ほう。翡翠(・・)が」  壁から視線をずらせば、そこでようやく夏莫尼(シャモニ)看守部長と目が合う。勘繰るような眼差しを見切り、敬礼した。 「失礼します」 〝杨 家乐は元々三日の予定だった〟  持ち場に戻る道中、警帽を目深に被る。一丁前に傷つく分際ではないと言うのに、こういう時無様に働く感情が煩わしい。自分には初めから期待など持たれていなかったように思えて、悔しかった。夏莫尼(シャモニ)看守部長に伝えたらそれは違う、とまたドヤされることだろう。同僚に伝えたら「これだから女は」と罵られるかもしれない。  それでも。最期まで新人一人立派に更生出来ない自分が、無駄に歳月だけ食ってここにいた。あるのはその事実だけだ。  この目の前にあるやるせなさが、全て。 「泣いているんですか」  収監所の見廻り時、既に囚人の多くが眠りについた時間。一番奥の、月明かりが射す収監室の前にいた。元は私のとっておきの場所だったというのに、やむを得ずこの男に譲ったのだ。だからその柵の向かいの椅子に膝を抱えて座っていた訳で、その抑揚のない声に返事をする義理はない。 「421番、貴様には関係のないことだ」 「それでは、別の場所に行って頂きたい」 「…」 「貴女の啜り泣きが耳に障って眠れない」  膝を抱えて椅子に座っていた私が他所を向きながら盗み見た時、翡翠はただ収監室で足を放り投げて壁に凭れていた。首を折り、格子戸の天窓から覗く星空が男に見えていたかは、知らない。  三日。杨 家乐が離職し平穏が戻った残日数で職務に全うした中で、男は毅然としていた。他部署で起こった噂が嘘のように、やはり依然として男は静かだった。そもそも騒動を起こした訳ではない。所内での事件など、初めからなかったのかもしれない。  そうだ、初めから。
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