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「未央ちゃん、悪いけど……おばあちゃんが入院している間、蔵の神棚に食事を運んでくれる? レシピはノートに書いてるから……いたた……」
「おばあちゃん……私やっとくから、無理しなくっていいよぉ……」
おばあちゃんがぎっくり腰で入院することになったのは、一週間前のことだった。
前から大叔父さんが商売やっていたときからあると聞いた蔵に、おばあちゃんが食事を運んでいるというのは知っていたけれど、入院している間も運ばないといけないのは難儀だなあと思った。
お父さんとお母さんは公務員で、夜遅くまで仕事で帰ってこられないせいで、必然と私とおばあちゃんのふたりで生活することが多かった。
そうは言ってもなあ……安請け合いしてしまったけれど、私の料理スキルなんて家庭科レベルだ。それも料理ができますアピールするクラスメイトに役割を奪われてしまい、食器洗い以外したことがないという体たらくだ。
仕方がなく、私は家庭科の教科書を引っ張り出してきて、それで見様見真似でご飯をつくる。
その日はちょうど肉が残っていたから肉じゃがで、肉をごま油で炒めたら、それを醤油とみりんで味付けし、じゃがいもとにんじん、玉ねぎを入れて煮る。玉ねぎから水が出るから、水は入れない。
神棚にご飯って、どうやって持っていけばいいんだろう。そこまでおばあちゃんに聞かなかったなあと思いながら、とりあえずできた肉じゃがを器に乗せて、蔵へと向かう。
蔵を開けると、思っているより空気が籠もってないなと思う。日頃からおばあちゃんが出入りしているせいかな。これを蔵の神棚に備えればいいのかな。そう思って神棚を探しに行ったとき。
「誰じゃ。菊じゃないな」
甲高い声ながら、威嚇するような声で、思わず止まる。
……今まで、ここには大掃除のときに頻繁に来ていたと思うけど、子供の声がしたことなんて、一度もなかった。
そもそも、菊はおばあちゃんの名前だ。
……まさか、幽霊?
ダラダラと冷や汗を流す。え、おばあちゃん。幽霊のいる蔵にずっと出入りしてたの? ここに住んで長いけど、幽霊がいるなんて知らないけど。
そう思ったら、ポカリと音がした。
「なに言ってる! あれは菊の孫の未央だろ! お前本当に菊以外どうでもいいな!?」
待って。なんで子供の声がもうひとり。私は怖くなって、へたり込んでしまったら、「ああ、もう!」とこちらにパタパタと走ってきた。
顔を上げると、こちらを赤いおべべの女の子が覗き込んでくる。
「だ、誰……?」
「そうかそうか……もうあたしたちが見えない年だから、忘れてしまったか。時の流れは速いなあ」
「はい?」
「あたしはさっちゃん。ここに住む座敷童だ。あっちの卑屈なのは貧乏神のきょうだ」
「はい……?」
「子供にしか見えないからなあ、我々は! まあ菊は見えるがな。でも菊はいないな? 未央知ってるか?」
「ええっと……」
こちらを睨みつけてくるきょうちゃんはともかく、この人懐っこいさっちゃんは、話を聞くつもりはあるらしい。
私はおそるおそる言う。
「おばあちゃん……入院したから、神棚のご飯を任されたんだけど」
「なんと! だからかあ……神棚のご飯が分けられてないのは」
「ええ……?」
「あたしとあの貧乏神、料理の趣向がちがうから」
「ええええ?」
私はなにを言っているんだと、頭が追い付かなかった。それにきょうちゃんは「ふん」と鼻で笑う。
「そもそも菊の兄のせいで、わらわはここに閉じ込められているんじゃ。食事の提供くらい普通であろう」
「ど、どゆことで?」
「神棚の位置が悪くて、あの貧乏神、結界に挟まって動けなくなったんじゃ。貧乏神が長いこと憑いた人間の家はすべからく没落してるからな。おかげで菊の兄の商売も失敗した」
「大叔父さんが商売辞めたのって、貧乏神のせい!? 貧乏神を追い出すことは……」
「むしろわらわは被害者じゃ、さっさと没落すればわらわも晴れて結界から抜け出てここから出られるが、出られぬものはしょうがなかろう」
きょうちゃんはブスッとした顔で怒る。
でも……大叔父さんが商売失敗したのはわかるとして、没落したにしては、おばあちゃんは平和に暮らしていたと思うけど。うちも公務員家系だけど平和には過ごしていると思う。
それにさっちゃんは「だからあたしがいるんだ」と胸を張る。
「菊が神棚に懇願しているのを見かねて、あたしとそこの貧乏神に食事を提供したら、貧乏神の力を座敷童の力で相殺してやると約束したんだ。ただし、食事の提供が遅れたら、あたしはここを出るぞとも」
「それ脅しじゃない!?」
「でもこの貧乏神の言っている通り、結界をどうにかしないことには、あたしも貧乏神を外に出すことなんてできないからな」
結界なんて言われても。私は座り込んでいるきょうちゃんを見たけれど、どこに結界があって、どこにきょうちゃんが挟まって身動き取れなくなっているのかがわからなかった。
とりあえず肉じゃがを差し出したら、さっちゃんもきょうちゃんも変な顔をした。
「……からくない」
「甘くない」
「いいじゃん!? おいしいよ!?」
「あたし、外に出てもいいんだよ?」
「だから、それは脅しじゃん! ああん、ちょっと待ってよ!」
私は慌てて肉じゃがを持って、家の台所にとんぼ返りした。
おばあちゃん、なんでそんな厄介な約束を結んでしまったんだ。反故にしてもいいんじゃとは思うものの、大叔父さんのことがあるんだから、そりゃ困るとご飯を出し続けるしかなかったんだろうなと考え直す。
私はおばあちゃんが入院前に言っていたレシピノートを慌てて探しはじめた。
普段おばあちゃんが見ているノートは……台所に料理本を立てているラックを見たら、そこに一冊年季が入って何度も補強の跡が残っているノートを見つけた。
これかなと思って取り出すと、そこの一ページに目が入った。
『座敷童のさっちゃん:甘いものが好き
貧乏神のきょうちゃん:辛いものが好き
一緒の料理を出すと怒る
同じ料理が続くと怒る
味付けを替えれば怒らない』
第一印象が「なんて面倒くさい」だった。
他にもさっちゃんは「あんこが好き」、きょうちゃんは「味噌が好き」などなどと書いてあり、おばあちゃんに嫌がらせしたかったんじゃという疑惑がふつふつと沸いてくる。
でもなあ。私が無視したのが原因で、家が壊れても困る。没落するような格なんてうちにはないけど、お父さんとお母さんがひどい目にあっても困る。
私は意を決してレシピのページを探しはじめた。
あんまり料理できないから、できるだけ簡単で、味付けをすぐに変えられる奴。そう思ってペラペラとめくったら「ふろふき大根」が出てきた。
これだったらなんとかつくれそうだと、私は慌てて冷蔵庫の中から大根を取り出した。
大根の皮を剥いて、裏面に十字に切り込みを入れる。大根を鍋に入れて水を中身がかぶるくらいに注ぎ、沸騰させる。沸騰したら弱火でコトコト。
大根を炊いている間に、たれをつくる。
味噌、砂糖、お酒、みりんを小鍋に入れて、少し煮詰める。煮詰めたところで、それを器に取り出す。
片方はさっちゃん用に柚子ジャムを混ぜ込む。うちの家はトーストを食べるときもあんまり柚子ジャムは使わないけど、これはさっちゃんのためだったんだなあと思う。
もう片方はきょうちゃん用に柚子胡椒を混ぜ込む。柚子胡椒は青唐辛子が入っているから清涼感のあるからさがあり、きょうちゃんのお気に召すらしい。
ゆであがったかどうかを、菜箸を突き刺して確認し、大丈夫だと判断してから、それぞれ器に乗せて、できた味噌だれをかける。
私はそれを慌てて持っていったら、今度はふたりとも驚くほど目を輝かせた。
「なんじゃ、これは菊の……!」
「おばあちゃんのレシピノートでつくったから。はい、どうぞ」
ふたりにお箸と一緒に器を渡すと、ふたりともアツアツのそれをもりもり食べはじめた。
「菊じゃ! 菊の味がする!」
「そうか、なら未央は菊の料理がつくれるんだな! 明日も楽しみだな!」
そうふたりが無邪気に言うので、私はダラダラと冷や汗をかく。
はっきり言って、私はおばあちゃんほど手際がよくないし、つくれる料理も限られている。果たしておばあちゃんのレシピだけで、どこまでこのふたりを満足させることができるんだろうと思った。
「ええっと……じゃあ、しばらくはよろしくね……?」
「うむ」
「おう!」
ふたりの元気な返事を聞いて、私は溜息をついた。
おばあちゃん、私はこの先上手くやっていけるでしょうか……? 心配しかありません。
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