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おばあちゃんが入院するまでは、私はもうちょっとゆっくり眠っていたけれど、今は日の出と共に起きて、あくびを噛み締めながら台所に立っている。
おばあちゃんのレシピノートをめくる。大学ノートに綴られたそれは、すっかりと黄ばんでしまっている。
「うーん……味噌とあんこのレシピって、手順が違い過ぎて、全然つくれないよ……」
今までおばあちゃんが私たちのご飯をつくりながらこんな面倒くさいことをしていたのかと思うと、感謝しか出てこない。退院したらもっとおばあちゃん孝行しないと。
ようやくレシピを決めると、冷蔵庫を漁りはじめた。
冷蔵庫から厚揚げを取り出し、半分に切る。本当は豆腐でつくるみたいだけれど、水切りの時間を考えたら私が学校に遅刻してしまう。
厚揚げを香ばしくフライパンで焼いたら、お皿に取り出す。その使ったフライパンに味噌と砂糖、お酒とみりんを混ぜて、木べらがもったりとしてくるまで煮詰める。とろんと感覚が気持ちあんこを混ぜたときみたいになったら、火を止める。
できた味噌だれはさらにふたつに分け、片方には一味唐辛子を混ぜ、片方には柚子ジャムを混ぜて、それぞれ厚揚げにかける。
出来立てのからい田楽と甘い田楽をお盆に載せて、私はいそいそと蔵へと向かった。
家の裏にある大きな蔵は、おばあちゃんの代で大叔父さんが商売をしていた名残らしい。今は店も畳んでしまったから、蔵だけが残されている。大掃除のとき以外はほとんど用事がなかったし、せいぜいおばあちゃんが蔵の中に何故かある神棚を掃除しているくらいしか、私も知らなかった。
「さっちゃん、きょうちゃん。来たよー」
私がそう小声で言いながら呼ぶと、ぴょこん。と棚の裏から髪の毛が見えた。
こちらに駆けてきたのは切り揃えられた黒い髪の、赤いおべべを着た女の子だ。ちなみにうちは子供を監禁するような犯罪は犯していない。
神棚の下には、真っ白な髪に、青いおべべを着た女の子が座り込んでいる。
「今日のご飯はなんだ!?」
快活な赤いおべべの子、さっちゃんが聞いてくるので、私はお盆の上を見せた。
「味噌田楽だよ。この甘いほうがさっちゃんの」
柚子入りの田楽のお皿を出すと、さっちゃんは「あーん」と食べはじめた。
神棚で座り込んでいる青いおべべの女の子……きょうちゃんはムスッとした顔をした。
「わらわは甘いのは好かんぞ?」
「こっちはピリ辛だよ。一味唐辛子を混ぜてるからね。はい」
「ふむ」
さっちゃんが口元をべちょべちょにして大口で食べるのに対し、きょうちゃんはツンとした態度で小さく少しずつ食べていく。
「ふむ……悪くはない」
「なんだ貧乏神。未央のご飯は旨いじゃないか」
「お子様舌の座敷童は黙っておれ」
「なにをー!?」
「なんじゃー!?」
ふたりとも、文字通り髪の毛を逆立てる。
……やばい。棚がガタガタガタッと音を立てはじめた。あーん、これじゃご飯をあげた意味がない!
私は必死で声を上げる。
「ほら! 田楽まだお替わりもあるから! お願いだから喧嘩をやめてー!!」
ふたりとも、途端にころっと逆立てた髪を下ろして、にこっと笑った。悔しいことに、笑った顔は子供のようにあどけなくて可愛い。
「うん! おかわりちょうだい!」
「早うせよ」
「はいー! ただちにー!」
私はひいこら言いながら、お替わりの田楽をつくりに、家の台所へととんぼ返りをした。
ああ、なんでこんなことに。
おばあちゃん、私はまだ一週間しか経ってないけど、もう挫けそうです。
座敷童と貧乏神のご飯係は、私には荷が重過ぎたのです。
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