001 6月30日 横断歩道橋の上で

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001 6月30日 横断歩道橋の上で

 私の部屋にはちょとしたコレクションがある。  丸くて銀色に鈍く光るメダル。小学校、中学校、高校。春夏秋冬、歴代の物が揃っている。  たまに銅色をした物もある。  これだけ揃っているのはなかなかないだろう。ある意味壮観と思うけれども、たった一つだけない物がある。  そう。金色をしたあいつ。金メダルがない。  二位でがっかりすると「贅沢な。それは嫌み?」と言う人もいる。  二位で満足すると「勝負の世界なのに二位で満足?」と言う人もいる。  繰り返される私の結果。  二位、銀色、シルバー。一位、金色、ゴールドとは天と地の差。  どうしたらゴールドが手に入るのだろうか。どうしたら良いのだろうか。  そうやって悩み続けて最後に行き着いたのは──右膝の故障、怪我だった。  ずっとシルバー。二番である事の意味が分からなかったけれども今なら分かる。  努力しても届かない事があるのだ。そうだこれが現実なのだ。  そんな現実に耐えられなくなった私は、走る事を諦めた。  ◇◆◇ 「きれいな夕陽ね」 「本当だ、なんだか吸い込まれそうだ」 「もう夏ね。暑い一日だったけれども、きれいな夕焼け空を見る事が出来て良かったわ」 「一瞬だもんな陽が沈むの。本当にきれいだ」  横断歩道橋の途中一組のカップルがそんな会話を交わして私の後ろを通り過ぎていく。  私、(たつみ) ()()()もその美しい夕陽に見とれて足を止めた。  ビルの間に沈んでいく夕陽はゆっくりと地上に降りていく。夜空との境目は白っぽく、その上には群青色の空が広がっている。  私の日焼けした頬に夕陽が照っているのが分かる。  美しいけれども切なく感じるのは人生で初めて出来た彼氏、ずっと好きだった人に別れを告げようと決心したから……だろうか。  私から別れを告げようとしているのは、(さい)(がわ) 怜央(れお)という私のお隣に住む男の子だ。小学校からずっと同じ学校に通っている男の子。つまりは幼なじみ。  怜央に「付き合おう」と言われて、付き合い始めたのは数ヶ月前の事だ。  私と怜央はスポーツ科がある高校に通っている。スポーツ科の中でもトップの成績である怜央は、バレーボール部のエースだ。  高校一年生でありながらも怜央が活躍した一月のバレーボール全国大会が終わって、世間が怜央に注目する様になった頃だった。  身長187センチの怜央。もう少し筋力をつけたいと言っていたけれども、鍛えられた体型と恵まれた容姿は中学校の頃から注目の的だった。柔らかい黒髪は前髪だけ少し長い。その前髪から覗く切れ長一重の瞳は鋭く「一重のクールイケメン現る。バレー将来有望」とバレー雑誌などに取り上げられる様になった。  お隣同士だったのが縁で、生まれた頃からずっと一緒の怜央。  私が怜央に淡い恋心を抱き始めたのは小学校高学年の頃からだろうか。それまで特に普通の友達として接して来た。だから「付き合おう」と言われた時は本当にうれしかった。  しかし、付き合って分かった事がある。幼なじみと付き合うのはとても難しいという事を。  だって私はシルバーメダルと同じだ。結果を残せない。何をやっても怜央の二番目。出来る事なら怜央の一番になりたかった。  だから私から別れ話をするのは精一杯の強がり。かっこ悪いけれども。  初夏の生暖かい風が私の頬を撫でていく。制服のスカートの裾が少しだけ翻った。本格的な夏がやってくる。そんな事を感じる風だ。 「そういえば」  最後の陸上大会もこんな夕陽だった。私のつぶやきは風に消えた。  走り続けた400メートル。いつも大会で勝てない相手がいて、万年二位の私。銀メダルの意味をずっと考え続けたけれども、一つの大会が終わる度に二番である事に慣れてしまった。  最初は二位でもうれしくて喜んで笑っていた。気がつけば、喜んで良いのか悔しがれば良いのか分からなくなって無表情になる事が多かった。おかげでついたあだ名はシルバーメダルコレクター、無表情・無冠の女王。 「シルバーメダルコレクターか。痛っ」  夕陽が沈むにつれ風が少し冷たくなった。その風を感じた途端、黒いサポーターをしている右膝がズキンと痛む。体重を左側に移す。すると右膝は素直に痛みを止める。  私は横断歩道橋の真上でそんな右膝に話しかける。 「すぐに痛いって訴えるのだから。分かっているよ」  右膝も痛いけれども心も痛い。  もっと早く右膝の故障に気がついていれば何か変わっただろうか。いやきっと変わらない。  私に出来る事を全て懸けて挑んだ大会だったけれども、結果はいつもの通り銀メダルだった。この銀メダルが私の全て。そう思った時にいつまでたっても二番目、もしくは三番目の自分を思い知った。  大会が終わってすぐに手術をしたしリハビリも行っている。足の治りは順調だが、私は陸上部に退部届を出した。  壊れた膝は完治に向かうだろう。努力をすれば選手には戻れるかもしれない。私の心は燃え尽きてしまった。そう、走る気持ちがなくなってしまった。  走る事を諦めた私はこれから怜央にも別れを告げて、全てを失うのだ。  自暴自棄なのかもしれない。  それでも──全部壊してしまいたい。  沈んでゆくのに美しいたった一瞬しか見えない夕陽が切なくて、私の胸を締め付けた。
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