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002 7月22日 ハンバーガーショップにて 1/2
窓際の席から通りを行き交う人達をぼんやりと見つめる。皆汗を拭ったり、日傘を差したりしているがその効果はあまりない様だ。
私はその風景をハンバーガーショップの冷房の効いた店内から見つめていた。今日の気温は三十八度、快晴。容赦なく太陽の光が照りつけ、アスファルトを溶かそうとする。
外の練習は一度中止になっているな。
私は昼食代わりのハンバーガーとポテトを食べながらそんな事を考える。自分が改めて陸上部員の思考になっている事に心の中で苦笑いをした。いい加減陸上の事を考えるのやめなくては。そうしないと悲惨な通知表の結果を前向きに捉えられない。
「はぁ」
私は頬杖をついてポテトをつまんで溜め息をついた。すると向かい側に座っていた、紗理奈が嫌な顔をする。
「明日から夏休みなのに。明日香はどうしてそんな面白くなさそうに溜め息をつくのよ」
紗理奈はつまんだポテトで私の顔を指した。新しく買ったピアスなのか、シルバーの猫の形をしたピアスが右耳に、猫の肉球の形をしたピアスが左耳についていた。大人っぽい紗理奈にしては珍しいチョイスだ。もしかして彼氏からのプレゼントだろうか。
「だって……」
私は口を尖らせた。
猫のピアスから視線を彷徨わせ今度は、紗理奈の高く結ったポニーテールに注目した。緩くカールしている髪は綺麗にセットされている。ウェーブのかかった前髪の奥は、猫のピアスとは裏腹に鋭い切れ長の瞳が私を捉えていた。その眼光に耐えられなくなり私は頬杖から頭をがっくりと前に垂れた。
「溜め息もつきたくなるよ。私の成績は体育以外オール……」
2、だなんて。
別にこんなところでも2ではなくていいのに。同じ高校でも県下の成績優秀者が集う英数科の紗理奈には言えない。
紗理奈は全てを察して、私の肩を向かい側の席からポンポンと叩いた。
「この夏休みが勝負よ。頑張ろう」
そう言って紗理奈は励ましてくれた。
私と紗理奈の通っている私立大城ヶ丘高校は、スポーツ科・普通科・英数科の三科で構成されている。スポーツ科に通う学生は、全国から将来大きな大会に出る選手になる事を夢見て集まってくる。ここ数年は男女共にバレーボール部が優秀な成績を収めており、全国から注目されている。普通科はそのままの通りなのだが、英数科は偏差値70前後が集まるという成績優秀な科だ。
一年と二年はスポーツ科三クラス、普通科三クラス、英数科二クラスという構成だ。三年になるとこのクラス数が少し変わる。スポーツ科二クラス、普通科四クラス、英数科二クラス、とスポーツ科が一クラス減って、普通科が一クラス増える。
何故ならばスポーツ科から普通科に変わらざるをえなかった生徒が出てくるのだ。挫折か怪我か、理由は様々だ。だがこのスポーツ科からの脱落者の集う普通科は学校の皆から「落ちこぼれクラス」と陰で言われている。
私はスポーツ科に通う二年生の一人だ。たまたま、家から一駅という場所に立地されているので通う事が出来た。私は陸上部の一員で400メートル走の選手だった。小学校からそれなりに全国上位に食い込む選手だったが、今年の夏前右膝を壊し陸上自体を断念する事にした。
つまり三年生になると私は普通科へ転科し晴れて(?)「落ちこぼれクラス」の一員となるのだ。
「嫌になるよ。この成績、塾に通ってなんとかなるレベルなのかな」
私はおでこをテーブルに擦り付ける。
今まで勉強をおろそかにしていたとは言わないけれども。一日の時間は限られている。その限られた時間をほとんど陸上競技に費やしてきた私だ。全てをかけていた陸上は右膝を故障し断念。
更に彼氏……怜央と別れると決心した。精神状態もボロボロで迎えた期末テストの結果が良い訳はない。
「もちろん私も明日香の勉強をみたいと思うけれどもさ。夏休み中はバイトがあるし時間がとれないのよね。そうだ。例の塾に行くのでしょ? 先週私が勧めた塾。チラシを渡したやつ」
チューッとイチゴシェイクを吸い上げながら紗理奈が私を見つめた。
「明日行く予定なの。五日間の無料体験コース」
私はうなだれた頭を起こしてポテトを再び頬張る。あまり味を感じない。
「合う合わないもあるから。無料の間にしっかり試してみてね」
紗理奈はそう私に念押しした。
松本 紗理奈は転勤族で中学の時にこの町に引っ越してきた。以来、私と親友を続けている。この町は比較的転校生が多い。地方都市である事、ファミリーで入る社宅が多く集まっている事もあり、比較的子供の出入りも多い町だ。
同級生は私の様な地元組と、紗理奈の様な転校生組に分かれるという特徴もある。私は中学までは地元の友達が多いが、紗理奈は特別だ。それに高校になってスポーツ科に通う様になったら地元以外の友達も多くなった。
紗理奈はとてもしっかりしている。転校が多かったからなのか人との付き合いが地元育ちの私とは少し違う。人との距離があるけれども優しくて、自己主張をはっきりとする。私にはないものを持っている友達だ。
紗理奈は英数科で頭も良いのに、私の事を「落ちこぼれクラス」だとか馬鹿にせず、来年普通科に通う事を応援してくれている。
「うん。頑張ってみるよ」
私はハンバーガーをかじりながら苦笑いをした。私の短かった髪も少し伸びて肩につく様になってきた。もっと伸びたら紗理奈みたいなカールをしてみたい。
元々表情が乏しい私の苦笑いを見た紗理奈は優しく頷いた。それから、吸い上げていたイチゴシェイクを横に置いて身を乗り出してきた。
「ねぇ」
「ん?」
「この間学校内の購買、コンビニエンスストアで才川にさばったり会ってさ」
「……うん」
怜央に会ったのか。
同じ科でない限り教室の階数が違うので会う事も少ないのだが。
紗理奈は私の幼なじみである怜央とも同じ中学校だったが、あまり怜央の事は良い印象がない様だ。何故なのかは理由を教えてもらった事はない。紗理奈は自分から怜央に近づく事はない。それを感じ取ってなのか怜央もあまり紗理奈の事は話に出さない。多分、犬猿とまでは行かないが反りが合わない様だった。
「久しぶりに話しかけられたと思ったのに、才川の奴さ明日香の足の事を「膝の事を知っていたのなら最悪な事になる前に何故教えてくれなかったんだ」って嫌みを言われたわ」
低い声で怜央の声まねをしながら紗理奈がぼそぼそとつぶやく。
「ごめん」
私のせいで嫌みを言われた紗理奈に申し訳なくて謝る。
「明日香の足の事、教えていなかったのね才川の奴に」
「うん……」
私はうつむいてハンバーガーをトレイに戻した。それから飲み物に手を伸ばす。
「才川に話せなかったのは何か原因があったから? それで足の事が原因で才川と別れたの?」
ストレートに紗理奈に聞かれて私は伸ばした手を思わず止めた。
「足の事は関係ないよ。足の事はさ、何となく怜央には相談しにくくて。怜央もバレーのレギュラーがかかっていたみたいで。心配をかけたくなかったから」
これは嘘ではなかった。だけれど本当の事を紗理奈に言えず私は視線を逸らしてしまった。
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