忘れた、恋の処方箋

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 王都についてすぐに、ルドルフはラウラが国王に謁見をたまわれるように取り計らってくれた。彼女がこれからなにをしようとしているのか、国王になにを奏上しようとしているのかを、ルドルフは聞かされていない。  けれどラウラの願いをふたつ返事で引き受けた。  なにがどう転ぼうと、もうきっと自分はその手を離しはしないだろうから。  謁見の間には、国王と現トランシェ家の公爵、ラウラの父であるフラべール公爵もいた。他にも、サリーナ王妃、ヨルハン、リュディガーが同席したいと申し出たというので、この場にはこの国の舵を取るそうそうたる面々が集まっていた。もちろんルドルフも。   入室したラウラはその顔ぶれにも萎縮することなく堂々と王の前に進み礼をとると、すぐに顔をあげた。  簡素なドレスの上に深緑色のローブをはおって、髪も数本のピンで落ちないように固定しただけの機能的なまとめ方だった。  両手はくびれた腰の高さで重ね合わせ、姿勢はまっすぐのまま。  その場にいるだれも、彼女が公爵令嬢としても王妃としても高い教育を受けたことを知っている。そのラウラがいま、国王陛下や王族を前に顔を伏せずにいる意味とはなんなのか。  通常ならここで、顔を上げて発言を許可されるのだが、伏せてもいない相手になんと声をかけるべきかガルアーク国王陛下が逡巡していると、ラウラが先に口を開いた。  「旧ダウニール侯爵領における鉛中毒について奏上したいことがあります」  あまりの不敬に王の横にいたフラベール公爵が、「ラウラ」と咎めるように低く名前を呼んだが、陛下が「よい」とそれを止めた。 「なんであるか。自由に発言するがいい。許可する」  ラウラはありがとうございます、とお礼を言って続ける。 「王立研究院の錬金術師、マドロック様なら鉛中毒患者を治療する薬を作れるのです。それも今すぐにでも」  ラウラの言葉にみなが驚いているのがわかる。いますぐにとはどういうことかと。  ラウラはバートの家から連れ戻されたとき、王立研究院の地下のラボラトリーでしたマドロックとの会話を思い出したのだ。  マドロックが、『父のために病を治す薬の研究をしていた』が『完成する前に(・・)亡くなってしまった』と言ったことを。  三年前にある薬(・・・)を完成させたが『被検体で実証したものではない』とも。  あれは《賢者の石》のことでは、なかった。   それは前国王の死後に、鉛中毒を治す薬を完成させたということだったのだ。   マドロックは、父の病が鉛中毒であったことを知っていたのだ。  被検体で検証しようにもできなかったことにも説明がつく。父親は亡くなっていたのだから。 「マドロック様が作りたかったのは不老不死の薬でも金になる秘薬でもなくて……父親を救うための薬だったのです。そしてそれはすでに三年前に完成しています」  完成はしたけれど、本当にこれがあれば父親を救うことができたのか、もう確かめ得ることはできない。  そして、研究をやめたのだ。  使い途のない薬にむなしさを覚えたのかもしれない。  「被検体で検証したものではないので薬効は確実ではありません。治験には鉛中毒患者が必要なのです。旧ダウニール領には、このままでは慢性毒で死を待つしかない患者がいます。彼らに使用する許可をだしていただけないでしょうか。  もちろん思い通りの結果にはならない可能性はあります。マドロック様が前国王陛下に薬を飲ませたときのように」  ラウラの発言で、ガルアーク国王陛下とヨルハンがおおきく息をのんだ。 『なんでもひとりでかかえこんですませてしまおうなんていうのは無能な人のすることです。この世界はひとりひとりが作っているんです。わたしはマドロック様ともルドルフとも他の人とも一緒にこの世界を、だれにとっても楽園にしたいんです』 『それは……ずいぶんと多情だ』 『いけませんか!?いっこしか選べないってだれが決めたんですか』  誰かさんに言われたことをさも自分の意見のように言ってやった。  開き直ってしまえば、女は強いのだ。  欲を張らなければつかみ取れない未来もあるのだから。 『マドロック様は前国王に毒を飲ませたんじゃない。いつかご自分で言っていたではないですか。思いもよらない結果がでることもあると。 ーーーあなたは父親を殺そうとしてあの薬を作ったんじゃない。痛みをとる目的は果たせたけど、それが麻薬であることは飲ませてみてはじめてわかったことだった。やめようにも禁断症状が出るから投与を続けるしかなかった。改良するには設備も時間もなかった』 『ずいぶんと都合のよい解釈をする。それを証明することはできまい?』 『はい。人はうそをつくこともあるしだれがうそをついていてもわかりませんから。でもわたしの『真実』はそうなんです』  だから。  わたしとあなたの手をつないでいてほしい。  わたしのもう片方の手はルドルフやリュディガーやエレノーラ様、みんなとつないでいるから。  そうしてあなたのもう一方の手は、いつかきっと自分のほしいものをつかむために残しておくといいですよ、とすごみのある笑顔でラウラは言った。
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