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☆ ☆ ☆
「ですがデータは必ずこの先の医療に活かせる。改良を重ね、助かる患者もいるかもしれないのです」
「苦しんでいる者で実験しろということか。それによって死ぬものもいるかもしれぬのに」
王の言葉に、ラウラは目を閉じた。
再び目を開けたとき、そこには強い意志が宿っていた。
「そのとおりです」
王にじろりと見据えられても、怖いとは思わなかった。
「錬金術はとても多くの発見をもたらしてくれます。確かに危険なものもあります。人が手をだしてはならない領域なのかもしれない。ですが毒は薬にもなるのです。
……薬として活かすことができるのは人しかいないのです。マドロック様の研究と現場の医師の検証がそろうことでそれが可能であると考えます。
ーーー医療組合の設立を認めていただけませんか。
医療にあたる現場の医師のおのおのが持つ情報を集約し、検証や改善を行う機関が必要であると考えます」
王はなにも言わず、目の前の令嬢に視線を固定したままだ。
今日のラウラは、顔を伏せない。
許可すら与えられないうちに発言をするし、国王相手に要求もする。
そして、同じようになにも言わず、話を聞いていたルドルフの顔もいままでとは違った。
ラウラの不敬を咎めようともしないし、信頼し、彼女を見守っているのだとわかる。
これからガルアークが出す答えは、これから後を継承する息子たちにつないでいく一手になる。
秘するべき、律するべきだと遠ざけた。そのせいで見えていなかったことがある。
確かにマドロックは優秀な錬金術師だ。
彼が失敗することもあるなんてつゆほどにもおもわず異能のように恐れ、彼が父親に薬を飲ませ死なせたという事実だけをもって、見誤っていた。
……思うようにならなかった代償は大きい。
けれどガルアークもヨルハンも、エレノーラもたぶん救われたのだ。ラウラ・フラベールという女性に。
とうの彼女は、
「マドロック様はなんていうか……決定的に言葉の足りない人で」
と必死に師匠をかばっている。
「どうやら我々は、マドロックと話をするところから始めなければならないようだな」
ガルアークは嘆息した。
「……わかった。許可する」
王の言葉にラウラは目を大きく開いた。
いまこの場で返事をもらえたことに彼女が大きく戸惑っているのがわかる。
「ただし条件がある。マドロックは研究だけに専念させ、そなたが医師との橋渡しをしてくれ。そのうえで『勅命』をもってそなたが王家に入ることとする」
ルドルフが息をのんだのがわかった。
王がいたずらめいた顔で、
「相手はリュディガーでもルドルフでもどちらでもかまわん」
というと、ラウラは真っ赤になって目を泳がせて。
「……ルドルフ殿下でお願いシマス」
と、小さく言った。
☆ ☆ ☆
医療組合設立の前駆体となる行政部署の責任者になったラウラの毎日は、多忙を極めている。
鉱物医薬の治験制度だけではなく、研究者の保護や育成、医療行為への登録免許制度、薬品の使用許可申請制度等々、ラウラが描いている未来は多岐にわたった。
更地にこれまでなかったものを建てるには、まず地盤をならさなければならなかったし、周囲の理解も得られなければならない。
当然ラウラひとりが頑張ってできることではない。
人材探しや交渉に育成、そのための根回し等々、やらなければならないことが日々どんどん目の前に積み上がっていくのである。
けれど、今の自分は受動的にお妃教育を受けていたあの頃の自分より充実していると思う。どんなに忙しくても。
たとえ彼女の婚約者がどんなに不機嫌になろうとも。
「いつになったらわたしと結婚する気だ、ラウラ」
「今少し立て込んでて……これが片付いたら」
「この間もそう言っていたではないか!?」
「そうよね、ごめんなさい」
ここ最近なんども繰り返される問いを顔も上げずにいなしたラウラに、ルドルフはこめかみに怒りのマークを浮かべそうな剣幕で声を荒げていた。
ラウラの職場は現在、ラルーシュ国の行政部を間借りした一室にある。
執務室の前の廊下は国の行政に携わる官吏たちが多く行き交っているのだが、みな今日も中から聞こえるルドルフの声に「やれやれ」と言ったあきれ顔で通り過ぎていく。
「いま薬草を取り扱いの危険度別に分類してるんだけど……ううん……やっぱり取扱資格に経験年数は必要よね。実績の部分をどう評価するかも悩ましいわ」
「師弟制度はどうだ。有資格者について一定期間経験を積んで、推薦がなければ上に進めないようにすれば……じゃなくて、おいわたしの話を聞け」
「そうなると賄賂などの不正行為に関する監視も必要よ。それに師匠だって一度にそう何人も面倒を見られないし、伝手のない人は師につくこともできなくなるんじゃないかしら。間口は広めておいてできるだけ多く優秀な人材を集めたいわ。いっそ専門学校を…………ちょっとルドルフ!」
ルドルフがラウラのあごをつかんでぐいっと自分の方に向けたので、抗議する。
だがルドルフの目にわりと本気の怒りが浮かんでいるのを見て、ラウラはあわてて「えへ」とごまかし笑いをした。
もちろんごまかされるルドルフではなかった。
「学校の設立だと?おまえはこの上さらに仕事を増やす気か!?」
これでは本当にいつ結婚できるのかわからない。
「……言ってみただけじゃない」
「おまえまさか本当はわたしと結婚するのがいやなのか?」
たじろぐほどに剣呑な空気をまとわりつかせた婚約者の様子をみて、さすがにこれはまずかったかも、と焦ったラウラである。
「えっ決してそんなことは」
玉のような汗がつつっと背中をつたっていくのがわかる。
ルドルフの言うとおり、婚約解消を解消してまた婚約してからというもの、この会話は毎度のように交わされているのだ。
それにこうして執務の合間にルドルフがラウラを訪ねなければ、ふたりは会うこともままならない。
ラウラはヴェリタス宰相や国王陛下への謁見は求めるくせに、用がなければルドルフに手紙ひとつだって寄越さないのだ。マナリスやカナリス、ナオルとお茶会をする暇はあるくせに。
以前、婚約していた頃とは力関係が真逆の関係になりつつあった。
今日のルドルフはいつもより強硬な態度でラウラにせまってくる。
「こういうことは言いたくなかったのだが……。勅命を理由に無理矢理話を進めることもできるんだからな」
けれど、ルドルフはそう言った直後、ひどく後悔したように顔をそむけた。
やはり言うのではなかった、と横顔に書いてある。
それを目にした途端、ラウラの胸の中いっぱいにぶわりと幸せが広がっていった。
「つまりそれぐらいわたしはラウラが好きだということで……早く結婚したいと思っているのはわたしだけなのかと思って……。すまない。やっぱりいまのは取り消す」
ラウラはたまらずに立ち上がって、気がつけばルドルフの胸に額を押しつけていた。
「わたしもルドルフのことが大好き」
仕事中だというのも忘れていた。
ついでに会話が廊下にだだもれだということも忘れていた。
ルドルフの怒気はすでにどっかへ消えていた。
だってつれなかった婚約者がいきなりかわいく甘えてきて、愛を口にしてくれたのだ。怒り続けられるわけがない。
「わたし、いまがすごく幸せだったから」
ごめんなさい、と胸元で小さくつぶやく。
「……だって結婚してしまったら、もうこんなふうにルドルフは口説いてくれなくなるでしょう」
言いながらラウラの耳が真っ赤になっているのがわかった。
ずっと片思いだったからいっぱい好きって言ってもらえてうれしいの、と。
恥ずかしそうに告白したラウラを、ルドルフは「生殺しだ……」と言いながら抱きしめたのだった。
《忘れた恋の処方箋・完》
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