王立研究院の助手

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王立研究院の助手

 これまでにピクスは二度、マドロックの作り上げた薬に手を伸ばしたことがある。  一度目は、まだマドロックが市井にいた頃。  王宮から引っ越してきたときのまま放置されていた荷を整理しようと開けたときに、うっかりこぼしてしまった薬だ。  何の薬だろう、と床に広がった液体をためらうことなく指ですくってなめてみた。一度ではわからなかったので、なんどか繰り返すと、素晴らしい高揚感が訪れた。  まるで全知全能になったかのような。  すぐに冷めてしまったのが残念だったが。  あのときピクスは、高揚感もあいまってそれが《賢者の石》の未完成品なのだと確信した。  このひとならいずれ、完全なものを作り上げるに違いない。  そして二度目は、三年前にマドロックが《賢者の石》と思われるものを完成させたときだ。      *  きみが持ち出した薬はどこだ、と聞かれて、ピクスはとうとうこのときが来たか、と思った。  いつ聞かれるのか、……そのとき自分は正直に言えるだろうかと恐れていたのに。  懸念していたことは現実となった。  あれは失敗作ですよ、と言った途端、マドロックは今までに見たことがないほど狼狽したのだ。 『は?……飲んだのか、アレを?』 『だって効果があるかどうか試してみないとあなたにもわからないのでしょう?  さすがにご自分で試してしまったら、もし失敗したとき未完成のままになってしまいますから。  その点わたしはマドロック様の作ったものは失敗作も含めてすべからく愛しています。 死んでも悔いはありません。  いやむしろあなたのつくったもので逝けるのなら至上の喜びというものです。  最後はあなたの手にかかって死にたいくらいです」  ピクスは、少し頬を染めて清々しいまでの告白を終えた。  一方マドロックの顔色は途中から悪いものを食べて消化不良を起こしたように悪くなった。 「でもあれは失敗作でした……最初の薬はまた欲しいと思うほど素晴らしかったのに二度目は……まずくて飲めたものでは……ああすみません。あなたがショックを受けると思ったらなかなか言い出せなくて。忘れているようでしたから、思い出さないようについ隠してしまったりもして」 「……そうか。で、体はなんともないか」 「不老不死になった実感はないです、最近若白髪も出てきたし」 「うん……そうか」 「聞かれたら言おうとは思っていたのですが、マドロック様はなかなか聞いてこないし。ひょっとしてなくなったことすら気づいていないのかと思って、残った薬はラウラから預かったラボの鍵を使って棚に紛れ込ませておいたのです。  あ、もちろん他のものには手を触れていませんし、なにも持ちだしてはいませんから」 「……たしかにあれで持ちだしたのが君であることに気がつきはしたが……そうか」  マドロックは、なんだかふらふらとした足取りで地下のラボラトリーに向かい、それきりこもりきりになってしまった。  失敗作だったと判明したことがよほどショックだったのだろう。  結局マドロックは、ラウラが王都に帰るまでピクスと顔を合わせようとはしなかった。  その後、ピクスが戻しておいた薬は、旧ダウニール領の鉛中毒患者のもとへ医師とともに届けられることになった。 「残ってたんですか!これですぐに治療にとりかかれそうです」 とうれしそうに笑っているラウラに、 「でもたぶん、ものすごくまずいと思うよ」 と付け加えると、彼女は、知ってます!と朗らかに返した。
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