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しかし、人間たちからしてみれば、凍り付いた者が元に戻らないのなら、それは殺人に他ならないということになるらしい。確かに、そうかもしれない。娘を元に戻せ、と泣き叫ぶ村長の言い分は、理解できるような気がした。理解はできるが、氷を溶かすことはできない。そう告げたウィルギルには、村中からかき集められた武器という武器が振り下ろされた。しかし、農具も剣も弓も、炎や煮えたぎる油でさえも、彼の体に傷一つつけることはできなかった。全て、触れた先から儚い雪玉のように崩れて消えてしまうからだ。
こうして人は皆、ウィルギルを疎んだ。否、皆ではなかった。野に咲く一輪の赤い薔薇を凍らせたとき、人間たちの目の色が変わったのを、はっきりと感じた。
ウィルギルの氷は溶けない。日の光を浴びるとまばゆいほどに輝き、人間たちにはそれがまるで宝石のように見えるらしかった。中でも、透き通る氷に閉じ込められた赤い薔薇は、息を呑むほどに美しかったという。
ウィルギルは人間の悪意と欲望から逃れるべく、北へ北へと向かい、鬱蒼とした森の中で時を過ごすことが増えたものの、彼を追いかける者はいなくならなかった。なぜなら、森の草花はウィルギルが踏みしめた傍から凍り付いてしまい、彼の足跡は誰にでもたどることができてしまうからだ。
「ねえ」
ウィルギルは、凍り付いた狩人を見上げ、囁くように問いかける。めったに話などしないせいか、彼の声は低くかすれていた。
「もうそこから出ることはできないんだよ。それでも、僕の氷が欲しかった?」
氷の跡を追って来たのなら、これが溶けないこともわかりきっていただろうに。
それほどまでに、人間の欲望は深い。そして、その人間の欲望を煽り地獄に突き落とす自らは、やはり悪魔なのだろうか。
彼らを傷つけようと思ったことなど、ただの一度もないというのに。
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