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氷晶
ああ、まただ。
ウィルギルはため息をついた。その吐息は、白い氷の粒を帯びている。雪景色のように輝く銀色の髪と病的なまでに白い肌、黒を基調とした長いコートには繊細な刺繍とレースが施されており、形だけは美しい貴族の青年の姿をしているが、血に飢えたような紅の目には感情がない。
青年の左腕を乱暴につかんだ狩人の体が、みるみるうちに凍り付き始める。ウィルギルはつかまれた手をふりほどいたが、もう遅い。いくらもしないうちに、赤いバンダナをつけた狩人は恐怖の表情を張り付けたまま巨大な氷に閉じ込められてしまった。その後ろで、狩人の仲間たちが二人悲鳴を上げて矢を放ってきた。震える手で放たれた矢はほとんど外れてしまったが、偶然にも一本だけ、ウィルギルの白い喉に突き刺さる。
矢の勢いに押されたか、ほんのわずか、後ろにたたらを踏む。喉に突き刺さった矢は、右手でつかんだ途端に雪のように崩れて消えた。射られた傷口を埋めるように、きらめく氷の結晶が顔を出している。痛みはない。
その様を見た狩人二人は更に怯えた。
「や、やっぱり化け物だ!」
「もうだめだ、逃げよう、オリバー!」
人間の男たちは、氷になってしまった仲間を放り出して、一目散に逃げて行く。
だから近づくなと言ったのに。向こうからやってきておいて化け物と罵るのはいかがなものか。
ウィルギルは改めて、目の前の大きな氷の塊を見上げた。手で触れればひんやりと冷たい。しかし、いくら触れても溶けはしない。それはウィルギルの手が死人のように冷たいからではなく、人間が触れてもこうなるらしかった。
ウィルギルが触れたものはウィルギルの意志に関係なく、こうなる。氷を溶かす方法は、ウィルギルも知らない。溶けたという話を聞いたことがない。中に閉じ込められた人間がどうなっているのか、意識はあるのか、何か見えているのか、生きているのか、死んでいるのかも、知らない。関心もない。気にしてもきりがない。どうすることもできないから。
いつからこうだったのかも、わからない。彼の最も古い記憶は、農村に住んでいた少女を氷漬けにしてしまったときのものだ。あのときの村人の怒りたるや、すさまじかった。あの少女は村長の一人娘で、それこそ目に入れても痛くないほどに可愛がられていたのだと言う。ウィルギルがその可愛い娘をたぶらかして殺害した、というように、彼らには見えたらしい。ウィルギルには、あの少女になんの恨みも、執着もなかった。彼女の名前も知らなかった。ただ、近づいてきたので凍らせてしまった、それだけだったのだが。
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