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そもそも善吉は、人前に出ることがたいそう苦手である。
店の売り子程度ならばともかく、声をあげながら市中を売り歩くには、向いていないのだ。
されど、父が足を悪くしてしまったのだから仕方がない。水を張った盥に豆腐を沈め、おそるおそる通りを歩くが、他の声に完全に負けていた。
「おや、いつもの親父さんじゃないんだねえ」
「へえ……、怪我、しまして」
「なんだい覇気がないねえ」
父の馴染みらしい客が買ってくれることはあるが、気づかれなければ意味がない。多くの町人に需要があるはずの豆腐だが、歩いているだけでは売れやしないのだ。
「とーふ……」
かぼそい声は、通りの逆を歩いている貝売りの声に掻き消える。
もとより、他者を押しのけて我を通す気質でもない。気の弱い男である。
善吉は肩を落としながら、とぼとぼと棒を担いでいた。
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