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井戸端で顔を洗いながら話を訊くが、どうも要領を得ない。
発する言葉は、常にひとつである。
「とうふー、とうふー」
「そんなに豆腐が好きかい」
「とーふー」
豆腐の入った器を掲げ、ぐるりと一周。また一周。
見ている善吉のほうが、目をまわしてしまいそうであった。
ぽてん。
案の定、童は転げる。
器は落ち、白い豆腐は土にまみれた。
「とうふぅぅ」
「洗えば喰えねえこたーねえよ。売りもんにはなんねーけどな」
拾い上げ、井戸水でさらす。べそをかく童を伴って、善吉は家の中へ戻った。
包丁を取ると、豆腐を切る。
落ちて角が取れたあたりを落とし、別の皿へ置いておく。
「どうした」
「悪い、残った豆腐、落としちまった」
「洗えば喰える」
「だよなあ」
のそりと顔を出した父の声に、善吉も頷いた。
両親の作る豆腐は、旨いのだ。
親子三人で膳を囲む。
善吉の傍らには、童が鎮座しているが、両親の目には映っていないようであった。
――こいつぁ、いったいなんなんだ?
当の本人はといえば、焼いた豆腐をはふはふと口に入れて笑っている。
葉物と絡めた白和えに瞳を輝かせ、善吉をじいと見つめるのだ。小皿に分けてやると、ぺろりとたいらげる。
それでいて、なぜか誰の目にも映らぬのだから、まったく不思議なものである。
なにかの未練がある幽霊か。
欲していた豆腐をたいらげたのであれば、成仏するだろう。
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