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そう考えていた善吉だったが、この童は翌朝も家にいたのである。
そして、売りに出かける善吉についてくるではないか。
「とーふ、とーふー」
善吉を先導するように歩いている。幼子があげる甲高い声が、拍子をとるように弾んでゆく。
「とーふう、とうふ、とうふやーい」
くるくる楽しげに、善吉の周囲をまわりめぐり、豆腐豆腐と声をあげるのだ。
こいつは本当に、豆腐が好きなんだなあ。
善吉の顔もうっかりゆるんでしまう。慣れぬ行商に疲れたこころが、ほぐれてゆくような心持ちだ。常なら気になる他の棒手振りの声も、童のそれに消えて耳に届かない。
おかげで今日の売りは、とんと疲れなかった。
売れ行きは変わらず悪いけれど、棒を担いで歩くことが苦には感じられなかったのだ。
それは、この童のおかげなのやもしれぬと、善吉は思う。
家路を辿りながら、善吉は声をかける。
「まこと、おまえは何者なのだ。幽霊け?」
「ゆーれ?」
「うーぬ、なんというかなあ」
齢にして五つほどの童だ。死の概念など、理解に及ばぬだろう。
幽鬼のたぐいには縁のない善吉である。彼らが成仏するための秘策など、知ろうはずもない。
――まあ、いいかあ。
小さな手を握り、のんびり歩きながら問いかける。
「今日の晩飯は、なにかねえ」
「とうふ!」
「豆腐は毎日だな」
「とうふ、おいしい」
田楽でも作るかなあ。
童が喜ぶ顔が見たくて、善吉はそんなことを考えた。
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