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不思議な小僧が現れて、いかほどだろうか。
善吉以外には見えぬ童にもすっかり慣れて、決まった刻になれば、ともに豆腐を売りにゆく。
「とーふー、とーふぅ、おいしいのー」
元気に声をあげる小僧の歩みは、今日も元気だ。
「ふう太、あぶねーぞ」
「ぜんきちー。あっち、とうふ」
とうふう、とうふうと連呼する小僧に『ふう太』と名づけ、声をかけているうちに、ふう太もまた善吉の名を覚えたらしい。
豆腐以外にも語彙が増え、されどやはり豆腐を連呼する声はとまらない。
「豆腐~、豆腐~」
ふう太の陽気な声に調子を合わせているうちに、善吉もまた節に乗せて売り声をあげるようになった。
はじめはほんのすこしこぼれる程度だった声は、ふう太が喜びはしゃぐ声に合わせて、だんだんと大きくなってゆく。
「とーふ、とーふぅやあ」
「豆腐や~、豆腐や~」
声を合わせているのが楽しく、善吉の顔にも笑みが広がる。
愉しげな声はひとの耳に届き、皆が振り返る。
若い男がひとり、口上をあげながら豆腐を売っていることに気づくと、ひとりふたりと近づいては買ってゆくようになった。
「豆腐、おくれ」
「へい、ありがとうございやす」
「あんた、いい声してるねえ。聞き惚れちまったよ」
「へ、へえ。それはどうも」
「ついでに、豆腐も旨い」
「そっちを一番にしてくだせえ」
世間話なんてもってのほか。売って銭を受け取るだけだった商いも、二言三言と言葉が増えると、重かった口も軽くなってゆく。
もともと、声は良いと言われていた善吉だ。気の弱さを克服してしまえば、人の気は引けるのである。
売り切る時間も短くなり、自然と早く家路につく。朝に昼に夕に、売りに出る回数も増えた。すっかり足の怪我も治った父は、売り歩く役目を息子にゆずり、作るほうに専念する。
店にいたほうがずっとましだと思っていた善吉だったが、すっかり慣れたものだ。
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